第十六話 はじめての学校――尚造2号と将軍2号
戦争が終わって三年。
沖縄にも少しずつ、
子どもたちの笑い声が戻ってきた。
彩花はアメリカンスクールへ。
美咲は村の幼稚園へ。
けれど――
幼稚園のおえかきも、
アメリカンスクールの調理実習も、
どこか普通ではなかった。
1948年。秋。
朝。
仲村家。
今日は少しだけ慌ただしかった。
文は美咲の髪を整える。
「動かないの」
美咲は笑う。
「はーい」
隣では彩花が
鏡の前で服を整えていた。
バックナーが
少し照れくさそうにネクタイを締める。
文が笑う。
「将軍も緊張するの?」
バックナーは咳払いした。
「……少しだけだ」
彩花は嬉しそうに手を挙げた。
「今日は学校!」
「おとうも来る!」
美咲も負けじと手を挙げる。
「ようちえん!」
尚綾が微笑む。
「二人とも立派になったさぁ」
⸻
アメリカンスクール。
教室。
保護者たちが集まっている。
――その中へ。
私服姿のバックナーが現れた。
一瞬。
教室が静まり返る。
保護者A
「……将軍?」
保護者B
「将軍だよな?」
先生も固まる。
「え、えっと……」
「本日は保護者参加の調理実習です!」
彩花は元気よく返事をした。
「はーい!」
バックナーも真顔で返事をする。
「Yes, ma’am!」
先生は少し笑った。
「そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ」
⸻
調理開始。
先生
「それでは始めます!」
バックナー、無意識に立ち上がる。
「各員、調理開始!」
保護者全員
「Sir!」
一斉に動き出す。
先生
「私まだ説明してません!」
ジョン
「将軍の号令は反射なんです」
彩花
「おとう!」
「学校!」
バックナー
「……すまない」
⸻
先生は、場を仕切り直す。
「今日はサンドイッチを作ります」
彩花は慣れた手つきで野菜を並べる。
バックナーは包丁を持った。
先生が少し慌てる。
「だ、大丈夫ですか?」
バックナー
「任せてください」
ザクッ。
ザクッ。
ザクザクザクザク!
レタスがみじん切りになった。
彩花
「おとう!」
「細かすぎる!」
先生も苦笑する。
「そこまで刻まなくて大丈夫です」
⸻
次は卵。
バックナー。
パカッ!
殻まで全部ボウルへ入る。
彩花がため息をつく。
「おとう」
「殻は食べないよ?」
バックナーは固まった。
教室中が笑いに包まれる。
⸻
完成。
彩花のサンドイッチは綺麗。
バックナーの作品は、
どう見ても別の料理だった。
先生は少し考える。
「……個性的ですね」
バックナーは静かに頷く。
「作戦失敗だ」
彩花は笑いながら言った。
「今度は文さんと作ろ!」
バックナーも笑った。
「ああ」
⸻
一方その頃。
村の幼稚園。
机の上には画用紙。
先生が優しく話す。
「今日は好きな絵を描きましょう」
子どもたちは、
花。
魚。
家族。
思い思いに描いていく。
――その中で。
美咲だけは真剣だった。
青い島。
長い滑走路。
港。
船。
先生は首をかしげる。
「美咲ちゃん?」
「これは何かな?」
美咲は満面の笑みで答えた。
「おうちにある絵!」
先生
「……?」
その時。
迎えに来た文が教室へ入る。
先生は嬉しそうに絵を見せた。
「美咲ちゃん、とても独創的ですね」
「基地の設計図みたいです」
文。
固まる。
「……え?」
美咲は得意そうだった。
「おうち!」
「いつも見てる!」
文は慌てて絵を抱えた。
「あ、ありがとうございます!」
「今日はこれで失礼します!」
先生は不思議そうに見送った。
⸻
仲村家。
夕方。
茶の間。
掛け軸には、
尚造が遺した『日米地位協定』紅型。
美咲は嬉しそうに指をさす。
「これ!」
「描いた!」
文は美咲の前へしゃがみ込む。
優しく微笑む。
「美咲」
「これはね」
「な・い・しょ」
美咲は首をかしげる。
「ないしょ?」
文は頷く。
「おうちだけの秘密」
美咲も小さく頷いた。
「ないしょ!」
その様子を見ていたバックナーは苦笑した。
「まだ三歳なのに」
「口が軽くなくて助かった」
文は笑う。
「だから先に教えないと」
「尚造さんみたいになります」
バックナーは思わず吹き出した。
「確かに」
「親子だな」
⸻
夜。
彩花が学校の出来事を話している。
「おとう!」
「今日はレタス細かくしすぎたね!」
美咲も笑う。
「たまご!」
「から!」
バックナーは照れくさそうに頭をかいた。
「今日は彩花に教えられた」
「戦場では俺が上官だったが……」
「家では逆らしい」
彩花
「えへへ!」
文は微笑んだ。
「まずは包丁の持ち方からですね」
家族の笑い声が、
仲村家いっぱいに広がった。
⸻
1948年。
子どもたちは少しずつ成長し、
“戦争を知らない世代”として歩き始めていた。
その笑顔こそが、
大人たちが守ろうとしてきた“未来”だった。
⸻
(つづく)




