第四十一話 戦後100年会議―― 世界はこの布団を展示するべきか
それぞれ異なる立場の人々が、
一枚の布団の前に集まった。
誰もが正しく、
誰もが間違えたくない。
だからこそ、
議論は簡単には終わらない。
2045年7月中旬。
広島平和記念資料館。
会議室。
窓の外には、
夏の広島市街が広がっていた。
会議室中央。
長机。
その中央に置かれているのは――
『CA-OKN-1945-001』
100年間眠っていた、紅型布団。
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室内には六人。
■ 仲村継
仲村工房代表。
紅型布団の現管理者。
■ ジョン・スティーブンス3世
在沖縄米軍副司令官。
太平洋戦争史料返還担当官。
■ 御厨正道
文化庁特別顧問。
戦後文化財保全会議議長。
■ リン・チャン
研究者代表。
東アジア戦争記憶研究機構主任研究員。
■ 林明浩
戦後100年展特別協賛企業代表。
林グループCEO。
そして。
一人の女性。
白髪。
小柄な体格。
穏やかな表情。
だが、その目だけは強かった。
御厨が紹介する。
「被爆者代表」
「広島被爆継承評議会代表理事」
「佐伯ヒナさんです」
継は頭を下げた。
ヒナも微笑む。
「よろしくお願いします」
だが。
その場の空気は重い。
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御厨が口を開いた。
「では始めましょう」
「議題は一つ」
「この紅型を」
「戦後100年展で展示するべきか」
静寂。
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最初に発言したのは御厨だった。
御厨
「率直に言います」
「展示した場合」
「非常に大きな反響が予想されます」
林
「控えめな表現だな」
御厨
「政治問題になる可能性もある」
「外交問題になる可能性もある」
「歴史認識問題になる可能性もある」
ジョンは腕を組む。
ジョン
「それは当然だ」
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御厨
「だから聞きたい」
ジョンを見る。
御厨
「展示されて困るのは」
「アメリカでは?」
部屋が静まった。
ジョン(即答)
「違う」
御厨
「……違う?」
ジョン
「少なくとも」
「アメリカ政府は反対していない」
継が視線を上げる。
ジョン
「ホワイトハウスにも報告した」
御厨
「結果は?」
ジョン
「一言だった」
全員が見る。
ジョン
「“人類は見る覚悟を持った”」
沈黙。
御厨も。
継も。
言葉を失う。
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ヒナだけは違った。
ヒナ
「本当に?」
ジョン
「本当だ」
ヒナ
「本当に反対していないの?」
空気が変わる。
ヒナ
「都合の悪い歴史だから」
「隠したいとは思わないの?」
静寂。
継は息を呑んだ。
ヒナ
「被爆者は」
「まだ終わっていません」
ジョンは黙って聞いていた。
ヒナ
「家族を失った人もいる」
「人生を変えられた人もいる」
「今も苦しんでいる人がいる」
静かに続ける。
「私は許していません」
沈黙。
誰も口を挟まない。
ジョンはゆっくり頷いた。
「当然だ」
ヒナが顔を上げる。
ジョン
「許されるとは思っていない」
静かな声だった。
ジョン
「見なかったことにした結果が」
「1945年だった」
少し間を置く。
ジョン
「だからこそ」
「見なければならない」
「祖父も、父も、俺も」
誰も反論できなかった。
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その時。
林が口を開く。
「問題は感情じゃない」
全員が見る。
林
「もっと危険だ」
継
「危険?」
林は紅型を見る。
「これは文化財じゃない」
沈黙。
「歴史認識を変える資料だ」
御厨の表情が固まる。
林
「公開した瞬間」
「世界中の研究者が動く」
「政府も動く」
「メディアも動く」
「市場も動く」
継
「市場?」
林
「歴史産業を甘く見るな」
即答だった。
林
「映画」
「出版」
「観光」
「教育」
「国際政治」
「全部変わる」
静寂。
継は改めて理解した。
これは。
仲村家の問題ではない。
世界の問題だ。
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その時だった。
ずっと黙っていたチャンが、
初めて口を開く。
彼女は資料から顔を上げた。
「一つ案があります」
全員が見る。
チャン
「展示方法を変えましょう」
御厨
「展示方法?」
チャン
「はい」
小さく微笑む。
「壁に飾る必要はありません」
静寂。
継
「……どういう意味ですか?」
チャンは答えない。
ただ。
紅型布団を見つめていた。
その目は。
何かを思いついた研究者の目だった。
⸻
(つづく)




