第三十八話 100年越しの送信
100年間、眠っていた紅型。
その存在を知る者は、まだ数人しかいない。
だが――
もし世界へ公開されたなら。
その瞬間、
誰も後戻りできなくなる。
2045年7月上旬。
仲村家。
夕方。
座敷の中央。
例の紅型は、
再び丁寧に畳まれていた。
誰も喋らない。
重い沈黙。
ようやく文造が口を開いた。
文造
「……で」
「結局何だったの?」
継
「ん?」
文造
「さっぱり分からない」
「みんな顔色悪くなってるし」
澪が小さくため息をついた。
澪
「平和学習で習ったでしょ」
「100年前の戦争」
文造
「習った」
モーガン
「沖縄」
継
「広島」
ジョン
「長崎」
三人の声が続く。
継
「三つの街の黒歴史」
少し考える。
そして首を振った。
「違うな」
「世界の黒歴史だ」
紅型を見る。
継
「その全部が」
「一枚の布で繋がった」
静寂。
文造も、
ようやく事の大きさを理解し始めていた。
⸻
モーガンが継を見る。
モーガン
「あなた」
継
「?」
モーガン
「来月の展示会」
継
「……ああ」
モーガン
「どうするの?」
誰も言葉を挟まない。
継は紅型を見つめた。
そして答える。
「工房のみんなと相談する」
⸻
翌日。
仲村工房。
会議室。
健太。
彩乃。
そして継。
机の上には、例の紅型。
⸻
健太
「……」
彩乃
「……」
継
「……」
しばらく沈黙。
最初に口を開いたのは健太だった。
健太
「特級呪物だな」
継
「だろうな」
彩乃
「否定しないんだ」
健太
「いや無理だろ」
紅型を指差す。
「未来予知みたいな布だぞ」
「呪物以外の呼び方あるか?」
彩乃は、
紅型から目を離さなかった。
彩乃
「これ」
「沖縄だけの問題じゃないよね」
継
「……うん」
彩乃
「広島」
健太
「長崎」
彩乃
「アメリカもだね」
継は頷いた。
⸻
継
「来月」
「広島で“戦後100年展”がある」
健太
「知ってる」
継
「展示物に」
紅型を見る。
「これを追加するべきか迷ってる」
再び沈黙。
健太
「展示しなかったら?」
継は即答した。
「尚造さんを二度殺すことになる」
部屋が静まる。
⸻
継
「100年前」
「尚造さんは黙った」
「家族を守るために」
「戦争を終わらせるために」
「全部背負った」
紅型を見つめる。
「でも今は違う」
「見つかった以上」
「見なかったことにはできない」
⸻
健太は腕を組んだ。
健太
「……なるほどな」
少し考える。
そして静かに言った。
「封印した理由は分かる」
「でも」
継
「?」
健太
「封印を解いた俺たちに」
「もう一度閉じる権利があるのかは分からん」
彩乃
「私も同意見」
「これは工房だけじゃ決められない」
継
「うん」
彩乃
「広島」
健太
「長崎」
彩乃
「政府」
健太
「専門家」
彩乃
「全部巻き込もう」
⸻
継はゆっくり頷いた。
覚悟を決める。
スマホを取り出す。
送信先。
『戦後100年展実行委員会』
件名。
『1945年制作の未公開資料について』
健太
「送るのか」
継
「ああ」
彩乃
「戻れなくなるよ」
継
「知ってる」
送信。
ピッ。
メールは飛んだ。
継
「もう」
小さく呟く。
「仲村家だけの問題じゃない」
⸻
同時刻。
横須賀。
モーガンのスマホが震えた。
新着メール。
件名を見た瞬間。
表情が固まる。
モーガン
「……始まったわね」
⸻
100年間。
眠っていた布。
その存在が、ついに――
仲村家の外へ出た。
⸻
(つづく)




