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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第四部 尚造編 ― 時と海を越える遺志 ―
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第三十六話 焚き火の向こう側――人間でいるための夜

戦争は、人を怪物にする。


だが――


怪物になったと自覚できる者だけが、

まだ人間でいられるのかもしれない。

1945年6月。


南部。


夜の焚き火。


雨上がりの地面は湿り、

火にくべられた薪が、

ぱちぱちと小さく弾けていた。


尚造は焚き火の少し外側で、

怪物化した布団にくるまって座っている。


赤い糸は、今日は使っていない。


それだけで、胸の奥が少しだけ軽かった。



尚造が、小さく息を吐く。


「……薬丸さん」


薬丸は軍刀の手入れをしながら、

顔を上げない。


薬丸

「どうした」


尚造

「僕……」


「最近、自分が怖いんです」


焚き火が揺れる。


尚造

「敵を倒している感覚が、ありません」


「道を……焼いているだけなんです」


薬丸の手が、ぴたりと止まる。


尚造

「通れない道を作って」


「逃げ場を塞いで」


「結果として、誰かが死ぬ」


一拍。


尚造

「……僕はもう」


「“道を焼く側の人間”になってしまいました」


挿絵(By みてみん)


しばらく、薪の爆ぜる音だけが続いた。


薬丸は、尚造を見ずに言う。


薬丸

「それに気づいてるなら、まだ大丈夫だ」


尚造

「……そうでしょうか」


薬丸

「本当に怪物になった奴はな」


「自分のことを怪物だと思わない」


尚造は、布団の中で指を握りしめる。



その時だった。


焚き火の向こうから、

元気な声が飛んでくる。


隆司

「それより皆さん聞いてください!」


全員の視線が集まる。


隆司(満面の笑み)

「尚造さん」


「もうすぐ赤ちゃん産まれるんです!」


挿絵(By みてみん)


一瞬、空気が止まった。


尚造

「……えっ?」


隆司

「文さんから連絡来たって!」


「いや〜、早く会いたいな〜」


「かわいいかな〜」


小林

「ちょ、ちょっと待て……」


「尚造さん2号って……」


「なんか怖くない?」



諜報兵

「そういえば……」


「尚造さん、今おいくつでしたっけ?」


尚造(少し照れて)

「今年で……50歳です」


諜報兵

「……奥さんは?」


尚造

「35歳です」


「ここ10年、僕が教官の残業に追われていて……」


「なかなか夫婦の時間を取れなくて、

 授かるのが遅くなりました」


「……妻には、申し訳なかったです」


一瞬の沈黙。


小林

「……結婚されたのは、いつですか?」


尚造

「ちょうど20年前です」


「母が紹介してくれました」


――数秒。


班員たち、同時に顔を上げる。


隆司

「30歳と15歳……」


小林

「尚造さん、それ」


「軍法会議より先に警察案件です」


挿絵(By みてみん)


尚造(顔真っ赤)

「ち、違います!」


「ぼ、僕だって、

 そのくらいのことは弁えています!」


諜報兵

「村、自由すぎません?」


尚造(布団を引き上げながら)

「で、でも!」


「妻の方からでしたから!」


「文から、でしたから!」


班員たち

「………」



尚造(布団に潜りながら)

「……あっ」


薬丸

「どうした」


尚造

「薬丸さん」


「もう一つ、ご報告があります」


薬丸

「何だ」


尚造は布団の中を探り、

一通の封筒を取り出した。


尚造

「バックナー将軍から」


「『これを牛島将軍へ』と」


「手紙を預かりました」


薬丸

「…………」


数秒の沈黙。


薬丸

「早く言え」


尚造

「マンハッタン計画で頭がいっぱいで……」


隆司

「バックナー将軍」


「フットワーク軽かったですね〜」


小林

「いや、軽すぎる」


諜報兵

「敵の総司令官ですよね?」


尚造

「そうなんです」


「僕も驚きました」


班員たち

「そこじゃない」



焚き火の周りに、

再び笑い声が広がった。


その少し後ろで――


薬丸は何も言わず、

軍刀を磨き続けていた。


炎に照らされる横顔は、

静かで、どこか穏やかだった。


挿絵(By みてみん)



(つづく)

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