第三十四話 100年間、封印された紅型
歴史が、静かに置かれる。
2045年7月上旬。
仲村家。
夕方。
工房の座敷には、
重い空気が流れていた。
モーガンが沖縄へ到着してから、
数時間後。
ジョン3世は静かに立ち上がった。
「……そろそろ返そうと思う」
継
「返す?」
ジョンは頷く。
玄関の方へ視線を向けた。
その直後。
ガラッ――
戸が開く。
現れたのは、
数名の米軍関係者だった。
全員が慎重に運んでいる。
巨大なケース。
金属製。
厳重な封印。
文造
「でかっ」
澪
「何あれ」
ケースは座敷中央へ置かれた。
ドン。
鈍い音が響く。
ジョンはケース側面へ手を置く。
そこに取り付けられていたタグ。
『CA-OKN-1945-001』
継が息を呑む。
ジョン
「祖父が預かったものだ」
「尚造の遺品を返却する」
静寂。
誰も動けない。
ジョンは小さく笑った。
「祖父は言っていた」
「返す時まで開けるな、と」
継
「……100年間?」
ジョン
「ああ」
「だから俺も中身は知らない」
文造
「えぇ……」
澪
「それ逆に怖い」
ジョンは封印を解除した。
カチ。
カチ。
重いロックが外れる。
そして――
ギィィ……
蓋が開いた。
中に入っていたのは、
分厚い布包みだった。
⸻
文造
「えむ、えー……」
タグを見る。
「えぬ?」
澪
「Manhattan」
文造
「何それ」
澪はタグの下にある
古い資料へ視線を向けた。
その瞬間。
表情が変わる。
澪
「……マンハッタン・プロジェクト」
文造
「中学で習うやつ?」
澪
「うん」
文造はケースの中を見る。
炎のマーク。
放射線警告。
英語の警告文。
文造
「姉さん」
「これ何?」
澪
「……今は知らなくていい」
文造
「え?」
澪
「行こう」
文造の手を掴む。
文造
「ちょっ」
澪
「いいから」
二人は部屋を出た。
襖が閉まる。
パタン。
⸻
部屋には。
継。
モーガン。
ジョン。
三人だけが残った。
ジョンは布包みを見つめる。
「覚悟はいいか」
継
「たぶん無理」
モーガン
「同感」
ジョンは苦笑した。
そして。
布を広げた。
⸻
そこに描かれていたものを見て。
全員が固まった。
⸻
広島。
九州北部。
そして。
まだ知られていない候補地。
炎の印。
巨大な円。
戦争終結後の世界。
未来。
1945年の戦中。
日本では誰も知らないはずの出来事。
それらが。
“紅型”として描かれていた。
モーガン
「……嘘でしょ」
継
「……」
ジョンも言葉を失う。
沈黙。
時計の音だけが響く。
⸻
継は震える指で布へ触れた。
「……制作時期は」
ジョン
「1945年6月」
継の顔色が変わる。
モーガンも息を呑む。
――“未来”だった。
尚造は、
“未来”を描いている。
⸻
継は布を見つめ続けた。
九州北部の炎を指差す。
「……場所」
「間違ってませんか」
ジョンは首を振る。
「違う」
「当時の第二候補地は“小倉”だった」
静かに続ける。
「“長崎”は、まだ候補に入っていない」
⸻
焼ける街。
逃げ惑う人々。
見たこともないはずの光景が。
継の頭へ流れ込んでくる。
継
「……尚造さんは」
「未来を救おうとして」
「戦ってたのか」
誰も答えない。
⸻
継はさらに呟く。
「家族として帰りたかったんだ」
「最期の話を」
「戦争じゃなくて」
「温かい家族の話にしたかったんだ」
紅型を見つめる。
100年前の沈黙。
100年前の選択。
100年前の覚悟。
その全てが。
ようやく家族へ届いていた。
継
「隆造さんに言ったら」
「絶対無茶するって」
「分かってたんだ……」
小さく結論を出す。
「……だから」
「言わなかったんだ」
⸻
誰も喋らなかった。
ただ。
100年前の紅型だけが。
静かにそこにあった。
⸻
そして。
1945年へ――
⸻
(つづく)




