第三十三話 将軍と文化財オタクと紅型職人――静かな邂逅
敵だと、
分かっていた。
それでも――
言葉は交わされてしまう。
それが、
戦場という場所だった。
南部戦線。
夕刻。
銃声の止んだ、
異様に静かな時間。
尚造は一人。
壕の外れで布団を畳んでいる。
その時――
背後から、
複数の足音が聞こえた。
尚造は手を止める。
振り向く。
そこに立っていたのは――
バックナー。
その一歩後ろに、ジョン1世。
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バックナー
「ようやく会えたな」
「Cloth Man」
尚造は少しだけ苦笑する。
尚造
「その呼び方は、
あまり好きではありません」
バックナーは笑う。
「そうか」
「では――」
「仲村尚造」
尚造
「……将軍」
少し間。
「フットワーク、軽すぎません?」
ジョンが思わず笑う。
バックナー
「現場が好きだから」
ジョン
「将軍は前線視察の名人ですからね」
バックナー
「机の上だけでは、戦争は分からん」
尚造
「なるほど」
「噂以上のお方でした」
バックナーは満足そうに頷いた。
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バックナーは、
軍服の内ポケットから封筒を取り出す。
バックナー
「これを牛島将軍に」
尚造
「……私がですか」
バックナー
「お前なら会えるだろう」
「渡してくれれば、それでいい」
尚造は静かに受け取った。
尚造
「……承知しました」
バックナーはジョンを見る。
バックナー
「ジョン、あとは任せる」
ジョン
「はい、将軍」
バックナーは踵を返す。
その背中は、
夕闇へ消えていった。
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ジョン
「再会できて光栄です」
「仲村尚造さん」
尚造
「……二度目ですね」
ジョン
「ええ」
「あなたはもう“噂”ではありません」
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二人の間に、
微妙な距離が空く。
銃は向けられていない。
だが、互いに分かっている。
ここで撃てば、終わる。
ジョン
「あなたの紅型を、いくつか拝見しました」
尚造
「……押収品ですね」
ジョン
「はい」
「ですが、破壊はしていません」
尚造
「それは……」
「ありがとうございます」
その礼は、
敵に向けるには、あまりに自然だった。
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ジョン
「地図の紅型」
「首里城の構造」
「地下壕の分岐……」
ジョンは続ける。
「正直に言います」
「あれは“芸術”ではない」
尚造
「……」
ジョン
「“兵器”です」
尚造は、否定しなかった。
尚造
「ええ」
「家を守るための、道具です」
ジョン
「あなたは、自覚しているのですか?」
尚造
「……何を?」
ジョン
「あなたが、
第32軍の“流れそのもの”に
なっていることを」
尚造は、
少し困ったように笑った。
尚造
「皆さんが、
迷子にならないようにしているだけです」
ジョン
「それを――」
「“支配”と呼ぶ国もあります」
尚造
「……そうですか」
沈黙。
遠くで、
砲声が一つ。
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ジョン
「一つ、聞かせてください」
尚造
「はい」
ジョン
「あなたは――」
「この戦争に、勝つつもりですか?」
尚造は、即答しなかった。
しばらく考え、静かに答える。
尚造
「……負けない方法を、
探しているだけです」
ジョン
「それは、勝利とは違う」
尚造
「ええ」
「でも、“生き残る”には十分です」
ジョンは、
ゆっくりと頷いた。
ジョン
「……祖国に戻ったら」
「この戦争を“勝った”とは言えないでしょう」
尚造
「……」
ジョン
「ですが」
「あなたに会ったことは――」
一瞬、言葉を選ぶ。
ジョン
「忘れないと思います」
尚造
「……それは、光栄です」
二人は、
それ以上近づかなかった。
敬礼もない。
握手もない。
ただ――
互いの存在を、
胸に刻んだだけ。
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ジョンは、踵を返す。
去り際、一言だけ残した。
ジョン
「尚造さん」
尚造
「はい」
ジョン
「布は……」
「人を守るために使ってください」
尚造
「……努力します」
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ジョンの姿も、闇へ溶けていく。
尚造は一人残り、封筒を見つめた。
そして小さく呟く。
尚造
「……もう」
「戻れないところまで来てしまいましたね」
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この夜。
二人はまだ知らない。
この会話が、100年後――
“二人の孫”を導くことを。
⸻
(つづく)




