第三十二話 雨音の潜入――紅型奪還作戦
戦場では、
命を懸けて奪い合うものがある。
土地でも、武器でもない。
それは――
誰かの「日常」だったもの。
深夜。
南部戦線後方。
米軍補給・物資管理区域。
雨が降り始めた。
視界も足音も、
雨がすべてを覆い隠してくれる。
薬丸班が、
闇に溶けるように進んでいた。
薬丸(小声)
「警備は?」
諜報兵
「南側に二名」
「巡回は十分周期です」
薬丸
「予定通りいく」
「戦闘は避けろ」
「目的は奪還だ」
全員、小さく頷く。
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彼らの目標は一つ。
Civil Affairsの押収物資倉庫。
沖縄各地から集められた、
文化財。
生活用品。
布製品。
戦利品でもあり、記録でもある。
そして――
仲村工房の紅型。
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フェンスを越え、
影から影へ移動する。
諜報兵がナイフで
テント布をわずかに切る。
中に滑り込む。
倉庫内。
箱、箱、箱。
沖縄の器。
楽器。
衣服。
誰かの生活だったもの。
諜報兵が足を止めた。
諜報兵(小声)
「……班長」
薬丸が近づく。
木箱の中。
畳まれた布。
見覚えのある柄。
諜報兵
「仲村工房の紅型タオルです」
薬丸
「……」
一瞬、迷いがよぎる。
本来なら――
全部取り返したい。
だが、それはできない。
薬丸
「……軽量品のみ回収」
「撤退優先だ」
諜報兵
「了解」
丁寧に畳み、背嚢へ入れる。
まるで壊れ物のように。
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その時。
外から足音。
米兵の笑い声。
全員が凍り付く。
薬丸が手で制止。
足音が近づき――
通り過ぎる。
誰も息をしない数秒。
やがて静寂。
薬丸
「……撤収」
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テント外へ滑り出る。
だが、出口付近で米兵と鉢合わせる。
米兵
「Who’s there!?」
(貴様は誰だ!?)
瞬間。
薬丸の体が動いた。
一歩で間合いを詰め、
相手の銃口を逸らし、
柄頭で顎を打つ。
米兵は声も上げず倒れた。
薬丸
「走るぞ」
雨の闇へ溶ける一団。
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安全地帯に戻った頃には、
雨は止みかけていた。
諜報兵が背嚢を開く。
取り出された一枚のタオル。
戦場に似つかわしくない、
優しい色の紅型。
諜報兵
「……尚造さん、喜びますよ」
薬丸は小さく息を吐く。
薬丸
「……あの男は」
「こういう物のために戦っている」
誰かが、ぽつりと言った。
諜報兵
「……守りたいのは、
こういう日常なんですね」
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その頃。
尚造はまだ知らない。
自分の工房の布が、
命を懸けて取り戻されたことを。
⸻
(つづく)




