第二十四話 いざ敵陣へ――諜報班、全員出動
撤退とは、
逃げることではない。
次の一手を探すために、
最も危険な場所へ踏み込むことだ。
1945年6月初旬。
南部。
摩文仁。
第32軍新司令部。
村男Aは壕へ戻ってきた。
そして足を止める。
「……あれ?」
目の前には、
見慣れたはずの部屋。
だが違った。
通信機。
地図台。
作戦盤。
参謀席。
書類棚。
照明。
完全に司令部だった。
A
「待て」
「俺の部屋どこ行った?」
奥から工兵Eが現れる。
顔は死んでいる。
E
「ここです」
A
「ここ?」
E
「元はここです」
A
「広くなってない?」
E
「掘りました」
A
「いつ?」
E
「昨日です」
A
「一晩で?」
E
「一晩で」
静止。
A
「……人間?」
E
「工兵です」
その時。
薬丸と小林が入ってくる。
薬丸
「よし」
「使えそうだな」
E
「使えそうじゃないです」
小林
「かなり頑張りましたね」
E
「かなり頑張りました」
隆司
「すごいなぁ……」
E
「褒めても増築しません」
尚造が周囲を見る。
壁。
通路。
通信室。
補給動線。
避難経路。
数秒だけ眺めた。
尚造
「綺麗ですね」
E
「ありがとうございます」
尚造
「通信室、あと少し広げられます?」
E
「やっぱり褒められてた」
A
「諦めろ」
E
「はい……」
⸻
その後。
司令部中央。
作戦会議が始まった。
湿った空気。
疲労した将校たち。
首里を失った今、
戦況は悪化する一方だった。
八原が口を開く。
八原
「このままでは」
「我々は削られて終わります」
静かな声だった。
だからこそ重い。
八原
「兵力差は覆せない」
「火力差も覆せない」
「補給差も埋められない」
誰も反論しない。
事実だからだ。
⸻
八原
「ですが」
「敵にも弱点があります」
長
「弱点?」
八原
「想定外です」
地図を指差す。
八原
「敵は強い」
「だからこそ」
「想定通りの戦いに強い」
沈黙。
牛島が問う。
牛島
「何をする」
八原
「敵陣を見ます」
静止。
⸻
八原
「諜報班」
「全員に命じる」
空気が変わった。
薬丸の目が細くなる。
藤岡も顔を上げる。
八原
「敵陣偵察を行え」
「兵站」
「補給」
「指揮系統」
「予備兵力」
「配置の違和感」
「全て持ち帰れ」
薬丸が前へ出る。
薬丸
「了解しました」
「諜報班」
「私が指揮します」
視線が集まる。
尚造だった。
尚造は地図を見ながら言う。
尚造
「敵陣も家と同じです」
「使われない通路」
「広すぎる空間」
「不自然に守られる場所」
「そこには必ず理由があります」
藤岡
「見つけられるのか?」
尚造
「たぶん」
薬丸
「たぶんか」
尚造
「でも見れば分かります」
長
「いつものやつだな」
八原
「いつものやつです」
⸻
牛島が静かに立ち上がる。
全員が見る。
牛島
「薬丸くん」
薬丸
「はっ」
牛島
「仲村くん」
尚造
「はい」
牛島
「戻ってこい」
静かだった。
だが。
誰よりも重い命令だった。
⸻
会議終了後。
壕の外。
夜明け前。
雨は止んでいた。
隆司と小林が立っている。
その前に尚造。
背中には布団。
いつもの姿だった。
隆司
「尚造さん」
尚造
「うん?」
隆司
「今回は危ないですよね」
尚造
「そうだね」
小林
「今回は」
「全員ですよ?」
尚造は少し笑った。
尚造
「だから」
「一人も欠けずに帰ろう」
薬丸が近づく。
薬丸
「尚造」
尚造
「はい」
薬丸
「死ぬな」
尚造
「はい」
薬丸
「迷子になるな」
尚造
「はい」
薬丸
「勝手に敵陣を整理するな」
尚造
「それは状況によります」
薬丸
「やめろ」
全員が少し笑った。
だが。
その笑いは長く続かなかった。
やがて。
諜報班が歩き出す。
夜明け前の沖縄。
敵陣の方向へ。
⸻
この日。
第32軍は最後の賭けに出た。
諜報班全員による、
敵中深部偵察。
前代未聞の作戦。
そして尚造は、
まだ知らなかった。
この偵察の先で――
後に「怪物」と呼ばれる存在と、
遭遇することになるのを。
⸻
(つづく)
※作者より
1945年6月のシーンは、
史実の沖縄戦を参考にしながらも、
物語上の演出や創作を多く含みます。
特に尚造たちの行動や会話はフィクションですので、
「もしこんな諜報兵がいたら」という視点で
楽しんでいただければ嬉しいです。
史実への敬意を込めつつ、
引き続き物語を描いていきます。




