第二十三話 尚造、南へ行く
首里を離れる日が来た。
戦略や作戦ではなく、
人々が何を失ったのかを描く回である。
燃える首里城。
南へ向かう避難民。
そして、
新たな司令部予定地で、
村男Eは今日も穴を掘るーー
1945年5月末。
首里。
雨だった。
空は黒い。
煙が混ざっている。
砲声は近い。
そして――
首里は燃えていた。
崩れた石垣。
倒れた家屋。
泥に埋もれた道路。
もう、
ここが王都だったとは思えない。
人々だけが歩いていた。
民間人。
負傷兵。
老人。
子供。
全員が南へ向かう。
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村男Cは、
子供たちの先頭を走っていた。
「急げ!」
「止まるな!」
「南へ行け!」
子供たちが泣きながら走る。
後ろでは砲撃音。
振り返れば、
煙が上がっている。
首里が消えていく。
その時。
一人の少年が立ち止まった。
「アンマーが……」
Cは歯を食いしばる。
分かる。
分かるが――
戻れない。
「行くぞ」
「今は生きろ」
少年の手を引く。
走る。
ただ走る。
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別の通り。
隆司が歩いていた。
小林も隣にいる。
二人とも泥だらけだった。
誰も喋らない。
その必要がなかった。
遠くで、炎が上がった。
隆司が足を止める。
「……あ」
小林も振り返る。
その先。
炎の向こう。
首里城が見えた。
赤い。
あまりにも赤い。
黒煙が空へ昇る。
炎が城壁を呑み込んでいく。
隆司は言葉を失った。
生まれた時からあった景色。
ずっと見えていた城。
その城が、燃えていた。
「……嘘だろ」
声が震えた。
誰も答えない。
答えられない。
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その時。
後ろから声がした。
「……隆司くん」
尚造だった。
布袋を抱えている。
いつもの顔。
いつもの声。
だが。
その目だけは、少し違った。
「行きましょう」
隆司は答えない。
燃える首里を見続ける。
尚造もまた、炎を見ていた。
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(……母さんの家だ)
心の中で呟く。
首里城。
その地下。
王府時代から続く工房。
母が生まれた場所。
父と母が出会った場所。
そして――
Eさんたちが掘り続けた場所。
炎が上がる。
崩れる。
消えていく。
尚造は静かに目を閉じた。
(――さようなら)
(また描きます)
やがて。
隊列は南へ動き始めた。
誰も振り返らない。
振り返れない。
首里は後ろに残った。
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数日後。
南部。
摩文仁。
第32軍新司令部予定地。
壕の中。
村男Aが荷物を整理していた。
その隣では、
工兵の村男Eが、壁を掘っている。
ガリ。
ガリ。
ガリ。
A
「やっと静かになったな」
E
「ですね」
A
「首里は大変だったらしい」
E
「らしいですね」
⸻
その時。
入口から足音が聞こえた。
薬丸。
小林。
二人だった。
薬丸
「A軍曹」
A
「はい」
薬丸
「ここを司令部にする」
静止。
A
「……はい?」
小林
「第32軍本部です」
A
「この部屋を?」
小林
「この部屋です」
Aは周囲を見回した。
狭い。
暗い。
湿っている。
どう見ても司令部ではない。
A
「本気ですか?」
薬丸
「本気だ」
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その横で。
Eが嫌な予感を覚えた。
小林
「工兵作業もお願いします」
E
「……どのくらいです?」
薬丸
「広げる」
E
「はい」
薬丸
「かなり」
E
「はい」
薬丸
「今夜から」
長い沈黙。
E
「……また掘るんですか?」
薬丸
「また掘る」
Eは天井を見上げた。
死んだ目だった。
A
「諦めろ」
E
「はい……」
⸻
壕の外では、
雨が降っていた。
首里は失われた。
だが。
戦争はまだ終わらない。
第32軍は、
南部で再び戦おうとしていた。
そして。
工兵Eもまた、
再び穴を掘ろうとしていた。
⸻
(つづく)




