第二十二話 首里、燃える
城は、
必ずしも
最後まで守るものではない。
守るべきは――
人だ。
1945年5月末。
首里城地下。
第32軍司令部。
湿った空気の中、
通信機だけが音を立てていた。
誰も喋らない。
誰も動かない。
その沈黙を破ったのは、
一人の通信兵だった。
「……前田高地」
喉が詰まる。
それでも報告する。
「前田高地、陥落しました」
静止。
誰も反応しなかった。
できなかった。
⸻
前田高地。
第62師団。
藤岡武雄。
薬丸たち。
何週間も、
米軍を止め続けた場所。
その最後の砦が、ついに崩れた。
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地下壕入口。
足音が響く。
藤岡が入室した。
泥だらけだった。
軍服は破れ、
顔には疲労が刻まれている。
その後ろから、
薬丸も現れた。
肩の包帯は、
まだ血が滲んでいた。
誰も席へ座らない。
重い空気だけが流れる。
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しばらくして。
長が静かに言った。
「八原」
八原
「はい」
長
「俺の切腹はまだか?」
静止。
八原(即答)
「参謀長」
「フラグ立てないでください」
長
「そうか」
牛島
「そうだな」
藤岡
「そうですね」
薬丸
「そうですね」
長
「全員ひどくないか?」
少しだけ。
ほんの少しだけ。
司令部の空気が緩んだ。
だが。
現実は変わらない。
前田高地は落ちた。
首里防衛線も、もう限界だった。
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その時。
尚造が手を挙げた。
「報告があります」
牛島
「何だ」
尚造
「以前、嘉数高地で接触した米軍将校ですが」
「現在も自分を監視していると思われます」
静止。
長
「まだいたのか」
薬丸
「いたんですよ」
藤岡
「友達なのか?」
尚造
「違います」
薬丸
「たぶん向こうは友達だと思ってます」
尚造
「困ります」
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八原が顔を上げた。
「待て」
全員が見る。
八原
「敵は仲村少尉を追っているのか?」
薬丸
「その可能性があります」
だが。
八原は首を振った。
「違う」
静止。
「敵は仲村少尉を追っているんじゃない」
「仲村少尉が居ない場所を攻撃している」
牛島
「……どういう意味だ」
八原
「嘉数高地」
「前田高地」
「補給路」
「避難導線」
「仲村少尉が関与した場所は、異常に粘る」
長
「……確かに」
八原
「だから敵は」
「仲村少尉がいない場所から崩している」
薬丸
「……」
藤岡
「……」
長
「……」
尚造
「?」
一拍。
八原
「つまり」
「バックナー将軍は、
仲村少尉を一種の戦力として認識している」
尚造
「えぇっ?」
薬丸
「えぇっ?じゃない」
長
「またか」
藤岡
「まただな」
牛島
「まただな」
尚造
「またなんですか?」
誰も答えなかった。
⸻
藤岡が地図を見る。
前田。
安里。
首里。
赤線は、
もう限界まで押し込まれていた。
藤岡
「司令官」
牛島
「うむ」
藤岡
「首里で戦います」
静かだった。
だが。
誰よりも強い声だった。
藤岡
「第62師団はまだ戦えます」
「首里決戦を提案します」
八原が即座に言う。
「負けます」
藤岡
「……」
八原
「首里で戦えば負けます」
藤岡
「それでも」
八原
「負けます」
藤岡
「……」
八原
「ですが」
一拍。
「時間は稼げます」
長が目を閉じた。
薬丸も黙る。
誰もが分かっていた。
勝つための議論ではない。
どこで負けるか。
その議論だった。
八原
「南部へ撤退します」
一拍。
八原
「地形を利用し、持久戦を継続します」
藤岡
「首里を捨てるのか」
八原
「はい」
藤岡
「……」
⸻
牛島は地図を見ていた。
長い沈黙。
通信機の雑音だけが響く。
やがて、牛島は決断した。
「南部へ撤退する」
誰も反論しなかった。
できなかった。
それが。
第32軍最後の大規模作戦だった。
⸻
(つづく)




