第二十一話 前田の戦い③――首里、色が混ざる
首里防衛線を突破した米軍は、
沖縄の首都に入り始める。
街はまだ残っている。
だがその中では、
民間人、日本兵、米兵が入り乱れ、
前線と後方の境界が崩れ始めていた。
色が混ざる。
軍服。血。炎。紅型。
戦場は、
もう誰にも整理できないーー
一人の紅型職人を除いて。
2019年10月31日。
那覇。
学生の継は、
就職活動のため沖縄へ来ていた。
面接を終え、
夜の街を歩いていた時だった。
「火事だ!!」
誰かの叫び声。
継が顔を上げる。
遠くの夜空が、
赤く染まっていた。
首里城だった。
⸻
現場周辺は騒然としていた。
消防車。
警察。
集まる人々。
継も思わず足を止める。
その時。
近くで年配の男性が
ふらりとよろめいた。
「大丈夫ですか!?」
継は慌てて駆け寄る。
隣の女性が男性を支えていた。
「ありがとう」
女性は静かに微笑んだ。
だが男性は、
燃える首里城を見つめたままだった。
――まるで何かを失ったように。
女性が小さく呟く。
「……この人ね」
「首里城が燃えるのを見るの」
「二度目なの」
継は意味が分からなかった。
男性の目は、
炎の向こうを見ているようだった。
⸻
「隆司」
女性が呼びかける。
「帰ってきて」
男性は、はっと我に返った。
「……すまん」
その時。
通りかかった米兵が、
足元のハンカチを拾い上げる。
「Sir, you dropped this.」
差し出されたのは、
紅型のハンカチだった。
隆司は受け取り、
小さく頭を下げる。
「……Thank you.」
米兵は笑った。
「Beautiful cloth.」
そのまま人混みへ消えていく。
継は少し安心した。
燃える首里城を見つめながら、
まだ知らない。
この夜の意味を。
そして、
この老人が見ている景色を。
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1945年5月末。
那覇。
雨だった。
瓦礫。
泥。
煙。
そして――人。
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首里市街。
もう、
前線と後方の区別は消えていた。
民間人。
日本兵。
米兵。
泣き声。
怒号。
銃声。
全部が、
狭い街路へ混ざっている。
村男C
「止まるな!!」
「右側通れ!!」
村男Cは、
民間人たちを誘導していた。
老人。
子供。
負傷兵。
壕へ入る者。
逆方向へ走る兵士。
道が、完全に詰まり始めている。
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その時。
――ダダダダダ!!
機銃掃射。
瓦礫が弾け飛ぶ。
悲鳴。
村男C
「伏せろォ!!」
子供を抱えて転がる。
土煙。
耳鳴り。
米兵たちが、
通りの奥から前進してきた。
火炎放射兵。
小銃兵。
戦車。
米軍が流れ込んでくる。
村男C
「くそっ……!」
銃を構える。
だが撃てない。
後ろに、民間人がいる。
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その時だった。
「……あれ?」
聞き慣れた声。
村男C
「!?」
瓦礫の向こう。
尚造が立っていた。
泥だらけ。
布袋を抱えている。
村男C
「尚造さん!?」
尚造
「……完全に導線が混線してますね」
村男C
「感想言ってる場合ですか!?」
尚造は、周囲を見回した。
兵。
民間人。
瓦礫。
戦車。
全部を見る。
数秒。
それだけだった。
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尚造
「Cさん」
村男C
「はい!?」
尚造
「この通り」
「民間人だけ左へ流してください」
「負傷兵は壕側」
「戦える人は裏路地へ」
「あと五分で、ここ砲撃来ます」
静止。
村男C
「……はい?」
尚造
「急いでください」
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次の瞬間。
尚造が動いた。
布を、電柱へ結ぶ。
赤布。
青布。
白布。
即席の目印。
尚造
「赤は避難」
「青は補給」
「白は戦闘導線です」
兵士
「は?」
尚造
「色で分けると、人は迷いにくいので」
混乱していた人流が、
少しずつ流れ始める。
「こっちだ!!」
「赤布追え!!」
「負傷兵運べ!!」
「子供優先!!」
村男Cは、呆然としていた。
(……整理されてる)
(街が……動いてる)
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その時。
遠くで、
米軍戦車の砲塔が動いた。
尚造
「伏せてください」
――ドォォォォン!!
着弾。
数秒前まで、
人がいた場所だった。
村男C
「……今の」
尚造
「たぶん観測砲撃です」
「そろそろ中心部が危ないですね」
村男C
「何でそんな分かるんですか!?」
尚造
「流れです」
村男C
「何の!?」
尚造
「戦場の」
⸻
首里市街。
米軍側。
ジョン・スティーブンス1世は、
瓦礫の隙間から街を見ていた。
そして気づく。
(……色)
瓦礫。
電柱。
壁。
布。
赤。
青。
白。
街に、色が増えている。
ジョン
「……まさか」
双眼鏡を上げる。
その先。
布を結ぶ男。
泥だらけ。
軍刀も持たない。
だが――
街の流れだけが、
その男を中心に変わっていく。
ジョン
「……Cloth Man」
彼は理解した。
前線だけじゃない。
この男は――
街そのものを整理している。
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首里は燃えていた。
炎。
砲撃。
崩れる家々。
だがその中で。
色だけが、
奇妙なくらい鮮やかだった。
赤。
青。
白。
そして。
その色を辿る人々。
尚造
「……あ」
村男C
「今度は何ですか!?」
尚造
「首里城方面」
「もう混ざり始めてますね」
村男C
「何がです!?」
尚造は、
燃える首里を見ながら答えた。
「全部です」
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この日。
首里は、戦場へ変わった。
いや。
もっと曖昧な何かへ、
変わり始めていた。
兵士。
民間人。
敵。
味方。
その境界は、
もう誰にも見えない。
ただ一人。
色で戦場を整理する、
紅型職人を除いて。
⸻
(つづく)




