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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第四部 尚造編 ― 時と海を越える遺志 ―
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第二十話 前田の戦い②――ハクソー・リッジ

前田高地。


首里防衛線を支える、最後の壁の一つ。

砲撃。泥。炎。崩れ続ける陣地。


だが、それでも第62師団は退かない。


そこにあるのは、

根性でも精神論でもない。


地形。導線。配置。

そして、誰かが残した“地図”。


尚造不在の戦場で、

兵士たちは初めて、紅型の意味を知る。

2045年。

 

前田高地跡。


観光ルートから少し外れた場所。


「よし!」


ロープを固定。

崖を登り始める。


スルスルスル。


文造

「姉さん!?」


「危ないって!」


「いや危なくない」


「いつものことだ」


ジョン

「自衛官候補生だからな」


「到着!」


数十メートルの崖を登り切る。


文造

「姉さんもう人間じゃないよ……」


「失礼な」


「まだ人間だよ」


「半分はやめてる」


ジョン

「尚造も似たようなものだったぞ」


「ひいおじぃ?」


ジョン

「前田高地でな」


「地形を全部覚えていた」


「それにしても」


崖を見上げる。


「ハクソー・リッジか」


「よく米軍はここ登ったな」


文造

「ハクソー・リッジ?」


「映画の名前」


ジョンが崖を見る。


少しだけ真顔になる。


ジョン

「いや」


「本当の地獄は」


「登った後だ」


挿絵(By みてみん)



1945年5月。


前田高地。


雨だった。


泥が流れ、

壕が崩れ、

兵士たちの軍靴が地面へ沈む。


砲撃は止まらない。


昼も夜も、

空が割れ続けていた。



第62師団・前線壕。


藤岡武雄は、

泥だらけの地図を見ていた。


「右斜面、突破されます!」


別の兵

「第二壕、火炎放射器!!」


怒号。

爆音。

悲鳴。


前線は、

少しずつ削られていた。


だが。


藤岡の前には、

奇妙なものが置かれている。


布。


紅型。


そして、

立体化された前田高地。


挿絵(By みてみん)


藤岡

「……本当にこれで分かるのか?」


隆司

「はい!」


小林

「尚造さんの地図ですから」


藤岡

「それが一番怖い」


布の上には、丘があった。


赤。

青。

白。


波模様のように見える線。


だが。


角度を変えると、

全部“地形”へ変わる。


藤岡は目を細めた。


「……反斜面」


小林

「はい」


「敵砲撃は表面だけ削ります」


「裏側は生きる」


隆司

「尚造さん」


「“前田は斜面より導線が大事”

 って言ってました」


藤岡

「導線……」


紅型を見る。


兵の流れ。

補給路。

後退経路。


全部が、一枚へ繋がっていた。



その時。


――ドォォォォン!!


壕が揺れた。


「左壕炎上!!」


「火炎放射兵です!!」


空気が変わる。


火炎放射器。


壕戦で最悪の兵器。


兵たちの顔が青ざめる。


薬丸

「……来たか」


軍刀を抜く。


キィン――


挿絵(By みてみん)


隆司

「班長!?」


小林

「まさか正面から行く気ですか!?」


薬丸

「あれは、撃たせた時点で終わる」


「近づかせるな」



壕の向こう。


米兵たちが前進してくる。


その中央。

巨大な火炎放射器。


ゴォォ……


燃料音。

兵たちが後退る。


薬丸だけが前へ出た。


隆司

「班長ォ!!」


薬丸

「伏せてろ!!」


走る。


泥。

砲撃。

銃弾。


全部を突っ切る。


火炎放射兵が振り向いた。


一瞬。

目が合う。


ゴォォォォッ!!!


炎。

壕入口が真っ赤に染まる。


熱風。

兵たちが顔を覆う。


小林

「終わっ――」


違った。


炎の横から、

薬丸が飛び込んでいた。


軍刀が閃く。


――ギィン!!


燃料タンクへ斬撃。

火花。


次の瞬間。


――ドォン!!


爆発。

火炎放射兵が吹き飛ぶ。


米兵たちが一瞬止まった。


薬丸は、

泥の中へ着地した。


肩が焼けている。

軍服が焦げていた。


挿絵(By みてみん)


隆司

「班長!!」


薬丸

「……生きてる」


小林

「人間、やめてません?」


薬丸

「やめてない」


藤岡

「いや半分やめてる」



その時。


別壕から兵が走り込んできた。


「右斜面押されてます!!」


藤岡

「紅型を出せ!!」


兵たちが、自然に布へ集まる。


尚造はいない。


だが。

誰も迷わなかった。


小林

「第二補給路使え!」


隆司

「第三壕開けろ!」


「分かった!!」


藤岡は、

その光景を見ていた。


(……なるほど)


(あいつは、

 地図を描いてたんじゃない)


(戦場を共有してたのか)



砲撃。

銃声。

炎。


前田高地は燃えていた。


それでも。

第62師団は、まだ崩れない。



米軍側通信。


「前田高地、依然抵抗激烈」


「日本軍、異常な再配置速度」


「陣地が崩壊しない」


「繰り返す――」


「崩壊しない」



夜。


前田高地。


隆司は、泥の中へ座り込んだ。

小林も隣へ座る。


二人とも、泥だらけだった。


隆司

「……生きてますね」


小林

「……だな」


少し沈黙。


隆司

「小林伍長」


小林

「ん?」


隆司

「前から気になってたんですけど」


「何歳なんですか?」


小林

「……十六」


隆司

「えっ」


「俺十五です」


「ほぼ同い年じゃないですか」


小林は少し驚き、思わず笑った。


小林

「そうか」


「一年しか違わないのか」


また少し沈黙。


それから小林が言った。


小林

「比嘉」


隆司

「?」


小林

「いや」


少し照れくさそうに笑う。


「……隆司」


隆司も笑う。


「……小林」


挿絵(By みてみん)



遠くで、

再び砲撃音が響いた。


前田高地は、

まだ終わらない。


そして。


その丘はやがて、

米軍からこう呼ばれる。


――“Hacksaw Rid(ハクソー・リッジ)ge”。


血と泥と炎で出来た、

呪われた尾根として。



(つづく)

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