第十九話 前田の戦い①――諜報班、再編される
嘉数高地の戦いは、
日本軍に“時間”を与えた。
だが、その代償は小さくない。
前線は消耗し、兵は減り、
首里防衛線は静かに軋み始めていた。
その中で、
一人の紅型職人だけが、
いつも通り地図を描いている。
戦場を整理する者。
情報を繋ぐ者。
そして――
戦局そのものを書き換え始める者。
前田高地を巡る戦いが、静かに始まる。
1945年4月下旬。
首里城地下。
第32軍司令部。
地図の上から、
赤線が消えていく。
防衛線。
補給路。
砲兵配置。
昨日まで存在していた線が、
今日にはもう使えない。
長は、静かに言った。
「……第62師団は」
「よく持った」
誰も否定しなかった。
嘉数高地。
あの地獄を、
藤岡武雄の第62師団は耐え切った。
だが。
耐えただけだった。
兵は減り、
弾は減り、
現場は限界に近づいている。
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八原が地図へ新しい線を引いた。
「首里防衛線を再編します」
赤鉛筆が止まる。
「第62師団は前田高地へ」
長
「……前田か」
八原
「はい」
「高低差、反斜面、坑道」
「まだ“時間”を作れます」
牛島は黙って聞いていた。
だが。
その沈黙が、
司令部全員へ重く落ちる。
もう、“勝つ話”ではない。
“どれだけ崩れずに済むか”の話だった。
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その時。
薬丸が入室した。
後ろには、尚造。
牛島
「どうした?」
薬丸は少し言いづらそうに言う。
「……仲村少尉が」
「米軍将校へ接触されました」
静止。
長
「…………何?」
八原
「接触?」
薬丸
「はい」
「単独行動中の米軍将校と遭遇したそうです」
八原
「生きて帰したのか?」
尚造
「はい?」
尚造は少し考える。
「文化財に詳しい方でした」
長
「そこではない」
薬丸
「そこじゃないんですよ……」
薬丸
「敵将校は、
仲村少尉を“高級参謀”と誤認しています」
八原
「…………」
長
「…………」
牛島
「…………」
尚造
「えぇっ?」
薬丸
「“えぇっ?”じゃない」
「なぜ敵軍が、
紅型職人を高級参謀認定してるんだ」
尚造
「分かりません……」
長
「こちらも分からん」
八原は深く息を吐いた。
「……いや」
「分からなくもない」
全員が見る。
八原
「仲村少尉は、前線を整理しすぎる」
尚造
「?」
八原
「地形」
「補給」
「人員」
「導線」
「全部を勝手に繋げる」
一拍。
「戦場が“一人の設計”に見えるんです」
長
「しかも本人に自覚がない」
薬丸
「最悪です」
尚造
「???」
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薬丸は資料を差し出した。
「諜報班の再編を提案します」
牛島
「再編?」
薬丸
「はい」
「現状、仲村少尉へ情報が集中しすぎています」
「現場が、“尚造待ち”になり始めています」
長
「……確かにな」
八原
「分散が必要か」
薬丸
「諜報班を二班体制へ移行します」
「自分の薬丸班」
「そして――」
薬丸は、嫌そうに言った。
「仲村班です」
静止。
尚造
「え?」
長
「え?」
牛島
「え?」
八原
「え?」
薬丸
「自分が一番嫌なんですよ!!」
薬丸
「ですが現場は、
もう仲村少尉を独立運用し始めています」
「藤岡師団長も、
本気で返したがっていませんでした」
長
「分かる」
薬丸
「分からないでください」
⸻
牛島
「階級は?」
薬丸
「……昇級を提案します」
八原
「反対です」
即答だった。
薬丸
「早いな!?」
八原
「仲村少尉へ正式権限を与えると、
現場が完全依存します」
長
「だが功績は本物だぞ」
八原
「だから厄介なんです」
尚造
「???」
牛島は、少し考えて言った。
「……保留だ」
薬丸
「了解しました」
尚造
「助かりました〜」
長
「喜ぶな」
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会議終了後。
尚造は廊下を歩いていた。
隆司
「尚造さん!」
小林
「聞きましたよ」
「諜報班、分かれるんですか?」
尚造
「みたいですね〜」
小林
「他人事だなぁ……」
尚造は少し考える。
「でも」
「人が増えるのは良いことです」
「前田は、広いですから」
隆司
「……前田高地」
「首里を守る最後の砦ですね」
尚造
「はい」
少しだけ、
尚造の目が変わった。
「たぶん次は――」
「もっと混ざります」
小林
「……何がです?」
尚造
「人と」
「道と」
「戦場が」
遠くで。
砲撃音が響いた。
前田の戦いが、
始まろうとしていた。
⸻
(つづく)




