第十六話 嘉数の戦い③ ――見えない敵
制圧できるはずだった。
数でも、火力でも、空でも、海でも――
すべてが優勢だった。
それでも、進めない。
嘉数の丘は、
米軍にとって
「理解できない戦場」だった。
1945年4月中旬。
嘉数高地。
第10軍・前線指揮所。
砲煙が流れる。
焼けた土の匂いが、
まだ空気に残っていた。
バックナーは、
双眼鏡を静かに下ろした。
バックナー
「……おかしいな」
幕僚たちが顔を上げる。
バックナー
「火力は通っている」
「だが崩れない」
参謀A
「砲撃は十分です」
「観測結果も良好」
「敵陣地は、確実に破壊しています」
参謀B
「航空支援も予定通り」
「歩兵進出にも問題ありません」
バックナーは、再び丘を見る。
土煙の向こう。
誰もいないはずの斜面。
だが――
時々、
ほんの一瞬だけ影が動く。
バックナー
「理論上、か」
「敵は最初から、
こちらの着弾点を知っている」
「正面に兵はいない」
「全員、斜面の裏だ」
スティルウェルが顔を上げる。
スティルウェル
「反斜面陣地……!」
バックナー
「しかも即席じゃない」
「射界」
「退路」
「再配置の動線」
「全部繋がっている」
⸻
その時。
伝令が、
前線報告を読み上げる。
伝令
「敵は退いたと思えば、別方向から現れます」
「地雷原を避けているというより――」
「位置を知っているみたいだと」
ざわつく幕僚たち。
伝令
「それと……」
「兵士たちが妙なことを」
バックナー
「何だ」
伝令
「全員が布を持って動いてる、と」
静止。
バックナー
「……布?」
⸻
バックナーは地図を見た。
嘉数高地。
そこから伸びる細かな線。
補給線。
移動路。
陣地。
妙なくらい綺麗だった。
バックナー
「……これは部隊の癖じゃない」
スティルウェル
「?」
バックナー
「個人の癖だ」
スティルウェル
「個人……?」
バックナー
「優秀な指揮官が一人いると」
「戦場はこういう形になる」
「全てが、一人の頭の中で整理される」
スティルウェル
「八原ですか」
バックナー
「いや」
首を振る。
バックナー
「もっと身軽だ」
「現場にいる」
一拍。
「砲撃を聞き」
「土を触り」
「地形を歩いている」
「そして――」
一拍。
「勝手に戦場を書き換えている」
スティルウェルが息を呑む。
そして、小さく呟いた。
「……Cloth Man」
バックナー
「そうだな」
少し考える。
バックナー
「まるで布だ」
「形を変え」
「隙間に入り」
「気づいた時には、全部覆っている」
幕僚たちは黙った。
⸻
この時。
米軍はまだ知らなかった。
丘を動かしているのが、
ただの参謀でも、
古参将校でもなく――
地図を描くのが好きな、
一人の紅型職人だということを。
嘉数の丘は、
やがてこう呼ばれる。
“The Death Trap”
“The Damned Ridge”
だが――
本当の正体だけは、
まだ誰にも見えていなかった。
⸻
(つづく)




