第十三話 人は、戦場の外で捕まる
指揮官が折れる時、
それは敗北ではない。
長い戦争の中で、
人はいつしか
「正しい判断」ではなく
「正しく在ろうとする自分」に疲れていく。
この日、二人の参謀は、
戦場ではなく“記憶”に捕まった。
首里城地下。
参謀室。
机の上には、
地図、報告書、敵戦力一覧。
八原は、
書類の山を前にしていた。
赤鉛筆を持つ手が止まる。
こめかみを押さえる。
八原(心の声)
(……頭痛がする)
(睡眠三時間か)
(いや、二時間か……?)
目を閉じる。
その時。
コンコン。
八原
「入れ」
扉が開く。
尚造だった。
後ろには村男D。
紙袋を抱えていた。
尚造
「失礼します」
村男D
「差し入れです」
八原
「……何だ」
尚造
「おにぎりです」
村男D
「あと、お茶です」
八原
「結構だ」
尚造
「忙しいですか?」
八原
「見れば分かるだろう」
尚造
「忙しい人ほど倒れます」
八原
「……」
尚造
「どこが苦しいですか?」
八原
「は?」
尚造
「頭でしょうか」
「肩でしょうか」
「胃でしょうか」
「“参謀”でしょうか」
八原
「最後は何だ」
村男D
「症状重そうですね」
八原
「重くない」
⸻
その時。
扉が開いた。
長
「何だ、騒がしいな」
八原(心の声)
(最悪だ……)
長が入ってくる。
尚造は、ぱっと顔を上げた。
尚造
「あ」
「参謀長」
長
「何だ?」
尚造
「差し支えなければ――」
少し考える。
尚造
「失敗談を聞かせてください」
長
「……は?」
八原
「何故?」
尚造
「元気になるかと思いまして」
村男D
「俺も聞きたいです」
長
「……」
八原
「……」
⸻
長は腕を組んだ。
しばらく黙る。
そして。
長
「……南京で色々あった」
沈黙。
それから。
長
「……サイゴンだ」
八原
「え?」
長
「お前と初めて仕事をした頃だ」
八原が顔を上げた。
⸻
回想。
仏印。サイゴン。
(現代のベトナム・ホーチミン)
街は人で賑わっている。
若い長と八原。
映画館から出てくる。
長
「思ったより面白かったな」
八原
「最後の展開は読めました」
長
「お前は可愛くないな」
八原
「事実です」
長
「飯でも行くか」
⸻
すき焼き屋。
湯気が立つ。
八原
「これは……」
長
「日本人なら食うだろ」
八原
「熱いです」
長
「そりゃ熱い」
⸻
現在。
尚造の目が輝いた。
尚造
「すき焼き!」
「何を焼くんですか?」
長
「牛肉だ」
尚造
「牛……」
村男D
「俺食べました」
紙を出す。
サラサラ描く。
尚造
「おお」
八原
「……」
長
「……」
絵を見る。
八原
「それは牛肉のフォーだ」
村男D
「え?」
尚造
「え?」
長
「お前何食ったんだ」
⸻
しばらく沈黙。
そして。
八原が吹き出した。
小さく。
ふっと。
笑った。
長は目を丸くした。
長
「……」
少し笑う。
長
「久しぶりに笑ったな」
八原
「……そうでしたか」
長
「そうだ」
八原は、
少しだけ視線を逸らした。
尚造が嬉しそうだった。
尚造
「よかったです」
村男D
「捕獲完了ですね」
八原
「何がですか」
長
「何だそれは」
尚造
「?」
⸻
その日。
八原はまだ知らなかった。
自分もまた。
少しずつ――
捕獲され始めていたことを。
⸻
(つづく)




