第十二話 会議室という戦場
指揮官の仕事は、
正しい判断を選ぶことではない。
正しさが、同時に複数存在する時――
それらを止めることこそが、最も難しい。
第32軍司令部。
この日、牛島は初めて、
「戦場に立っていないはずの場所」で
追い詰められていた。
首里城地下。
第32軍司令部。
机の上には、
地図、報告書、
地下壕断面図が並んでいた。
赤鉛筆の線が、
沖縄本島を縫うように走っている。
補給路。
防衛線。
敵上陸地点。
重い空気が、
地下室に沈んでいる。
長が机を叩いた。
長
「地下に籠もるだけでは、
島全体を捨てることになる!」
「住民も土地も失って、何を守るつもりだ!」
地図を指差す。
「上陸初日で、
飛行場は敵の手に落ちた!」
「敵はもう沖縄を、
“攻める場所”ではなく
“使う場所”に変え始めている!」
「このまま地下で待てば、
島そのものが削られる!」
八原が、間髪入れず返した。
八原
「前線に出れば、戦える兵まで失います!」
「守るべきは持久力です!」
「兵を失えば、後に守るものすら消える!」
長
「だが戦わねば、島が先に消える!」
八原
「感情で戦争は続けられません!」
言葉がぶつかる。
薬丸たちは、
ただ黙って視線を落としていた。
牛島は二人を見た。
(……どちらも正しい)
(そして――)
(どちらも、間違っている)
長は、
島全体を見ている。
八原は、
戦い続ける時間を見ている。
私は――
その両方を背負っている。
だが。
言葉が出なかった。
司令部に、
苦しい沈黙が落ちる。
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その時だった。
末席にいた男が、
静かに立ち上がった。
尚造
「……失礼します」
全員の視線が向く。
尚造は、少し頭を下げた。
尚造
「落ち着いてください」
声は小さい。
だが不思議なほど、空気が止まった。
尚造
「お二人とも、
間違ったことは言ってません」
長と八原が、
同時に尚造を見る。
尚造は地図を指差した。
尚造
「ただ――」
「同じ時間を見ていないだけです」
指先が地図を移動する。
尚造
「こちらは“今”を守る話」
「こちらは“三日後”を守る話です」
「今だけ見ても」
「三日後だけ見ても」
「たぶん、どちらかが壊れます」
沈黙。
誰も反論しない。
牛島は、小さく息を吐いた。
(……そうか)
(私は言葉を探していた)
(この男は、先に景色を見ていた)
尚造は誰も責めない。
誰が正しいとも言わない。
ただ――
止まりかけた場を、元に戻した。
それだけだった。
⸻
会議は、
一旦解散となった。
将校たちが去っていく。
牛島は、
椅子へ深く身体を預けた。
こめかみが脈打つ。
(……頭が割れそうだ)
目を閉じる。
司令官という椅子が、
急に重く感じた。
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「……司令官」
顔を上げる。
尚造が立っていた。
尚造
「お加減、悪そうですね」
牛島
「……少しな」
尚造は少し考えた。
尚造
「少し歩きませんか?」
牛島
「……歩く?」
尚造
「地下壕の外に、
日が当たる場所があるんです」
「さんぴん茶もあります」
牛島は、
思わず笑いそうになった。
(戦場で……何を言う)
だが。
胸の奥の重さが、少しだけ軽くなる。
牛島
「……案内してくれ」
尚造
「はい!」
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司令部の外。
ほんの短い距離。
だが外気が、肺に入り込んだ。
土の匂い。
風の匂い。
遠くの波の音。
尚造が、
湯気の立つ湯飲みを差し出す。
尚造
「熱くないです」
牛島は一口飲んだ。
温かかった。
不思議なほど、
頭痛が和らいでいた。
⸻
牛島(心の声)
(私は今――)
(部下に助けられている)
それは奇妙だった。
司令官が、
支えられている。
しかも相手は、
戦術家でもない。
参謀でもない。
命令を出す人間ですらない。
ただ隣で、
何も言わず座っているだけだ。
牛島は、静かに尚造を見た。
尚造は、空を見ていた。
何も考えていないような顔で。
(……この男は)
(戦場を、私とは違う場所から見ている)
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その日。
牛島は、
無意識に理解していた。
尚造は脅威ではない。
だが――
放してはいけない存在だ。
そして、
まだ気づいていなかった。
自分がすでに、少しずつ、
その男へ頼り始めていたことを。
⸻
(つづく)




