第十一話 Cloth Man(布の男)
上陸作戦は、
想定通りに進んでいた。
抵抗は少なく、
空は制圧され、
海も静かだった。
――だが、
戦場には時々、
「説明できない噂」だけが
先に上陸することがある。
それは兵器ではない。
兵士ですらない。
布と共に現れ、
布と共に消える、
名もなき“何か”の話だった。
2045年。
台風が過ぎた翌朝。
空は嘘みたいに晴れていた。
仲村工房の前では、
飛ばされた植木鉢や看板を片付けている。
澪
「沖縄の天気って極端すぎる……」
文造
「昨日の嵐どこ行ったの?」
継
「毎年こんなもん」
その時。
遠くから車の音。
黒いSUVが停まる。
ドアが開き――
ジョンが降りてくる。
アロハ姿。
サングラスを頭に乗せ、
片手には大きなキャリーケース。
澪
「ジョンさん!」
文造
「おかえり!」
ジョン
「ただいま」
継
「ハワイ経由か?」
ジョン
「ああ」
「沖縄直行より楽だ」
少し笑う。
そして荷物を下ろそうとした瞬間。
文造が気付く。
「……何それ?」
ジョンの後ろ。
軍用ケース。
継
「仕事道具?」
ジョン
「いや」
数秒沈黙。
ジョン
「土産だ」
澪
「絶対嘘でしょ」
⸻
仲村家・書斎
継が木箱を指差す。
「そういやちょうどよかった」
「これ見てくれ」
ジョン
「……?」
木箱から布を広げる。
ジョンの表情が止まる。
山。
矢印。
海岸線。
布に描かれた奇妙な線。
ジョン
「……何だこれ」
澪
「ひいおじぃの遺品」
ジョンが布を持ち上げる。
数秒。
静寂。
ジョン
「……これは」
「戦場図だ」
全員
「「「え?」」」
⸻
1945年4月1日。
沖縄本島沖。
沖縄周辺海域には、
米海軍のレーダーピケットラインが
展開していた。
孤立した駆逐艦のレーダーが、
低く唸るように回転している。
通信兵
「レーダー異常なし。航空反応なし」
艦長
「CAP維持」
その報告は、
すぐに空母へ送られた。
⸻
空母群から発艦した艦載機が、
低空を旋回していた。
F6Fヘルキャット。
沖縄上空を守る、
戦闘空中哨戒――CAP。
航空管制士
「CAP維持」
「敵機影なし」
「対空砲火も散発的」
パイロット
「滑走路は沈黙」
「制空権、完全確保だ」
別の通信が入る。
「近接航空支援、順調」
「敵砲台、制圧完了」
艦橋では、
誰も緊張していなかった。
制空権。
制海権。
補給線。
すべて、予定通りだった。
――問題は、地上だけだった。
⸻
1945年4月1日。
沖縄本島西岸。
上陸用舟艇の扉が開き、
米兵たちは一斉に浜へ散開した。
予想していた地獄は、
まだ来ていない。
兵A
「……妙だな。静かすぎる」
兵B
「日本軍はどこだ?」
銃口を向けても、
撃つ相手がいない。
それが、
一番神経を削った。
⸻
砂浜。
即席指揮所。
通信兵が、
受信記録を整理していた。
通信兵
「Sir」
「偵察班から変な報告が続いてます」
将校
「“変な”とは?」
通信兵
「同じ内容が、複数の部隊から来ています」
紙が差し出される。
・敵の移動が妙に早い
・退却路が事前に潰されている
・なぜか“布”が残されている
将校
「……布?」
⸻
米兵たちの噂。
兵A
「なあ」
「“Cloth Man”って聞いたか?」
兵B
「またその話か」
「補給部隊でも噂になってる」
兵A
「日本軍の諜報兵らしい」
「銃じゃなくて、布を持ってるって」
兵B
「は?裁縫兵か?」
兵A
「違う」
「“布がある場所に行くと、
日本軍の動きが変わる”らしい」
笑いが起きる。
だが、
誰も強く否定しなかった。
⸻
内陸偵察報告。
斥候隊長
「Sir、こちらの坑道ですが――」
将校
「爆破か?」
斥候隊長
「いえ。事前に封鎖されていました」
将校
「日本軍の計画か?」
斥候隊長
「それが……」
「指揮所が分かりません」
「分かりません」という言葉が、場に落ちた。
斥候隊長
「もう一つあります」
将校
「何だ」
斥候隊長
「封鎖坑道の近くに、布が落ちていました」
机へ置く。
泥だらけの布。
赤と青の模様。
将校
「……これか?」
斥候隊長
「はい」
「三件とも、同じでした」
静寂。
⸻
夜。
焚き火のそばで、
兵たちが缶詰を開けている。
兵C
「“Cloth Man”は、将校じゃないらしい」
兵D
「じゃあ何だ?」
兵C
「現場の連中が、勝手に従ってるんだと」
兵D
「……それ、一番厄介なやつじゃないか?」
誰かが、
冗談めかして言った。
「幽霊だな」
笑いは、すぐに消えた。
⸻
第10軍司令部。
地図の前に立つのは、バックナー。
スティルウェル
「上陸は順調です。
予想よりも抵抗が少ない」
バックナー
「……少なすぎる」
スティルウェル
「Sir?」
バックナー
「日本軍は、
“逃げている”のではない」
地図を指でなぞる。
バックナー
「“整えている”」
スティルウェル
「整える、ですか?」
バックナー
「退却線、補給路、
民間人の動きまで含めてな」
バックナー
「そして――反斜面だ」
スティルウェル
「Sir?」
バックナー
「丘の裏に隠れている」
「砲も、機関銃も、我々の火力からな」
一瞬の沈黙。
⸻
バックナー
「噂は聞いている」
スティルウェル
「“Cloth Man”の件でしょうか」
バックナー
「高級将校か?」
スティルウェル
「いいえ。階級不明です」
バックナーは、鼻で小さく笑った。
バックナー
「階級不明で、戦場を動かす?」
スティルウェル
「……確認中です」
⸻
バックナー
「探せ」
スティルウェル
「Sir?」
バックナー
「布だ」
「人ではなく、“布の動き”を追え」
スティルウェル
「監視対象に?」
バックナー
「いや」
バックナーは、静かに言った。
バックナー
「観測対象だ」
⸻
この日。
米兵たちは、まだ知らなかった。
“Cloth Man”が誰なのか。
何者なのか。
ただ一つ、
確かなことがあった。
それは――
沖縄の戦場には、
まだ姿を見た者がいない男がいた。
だがその痕跡だけは、
どこにでも残っていた。
銃弾ではなく。
血でもなく。
布として。
⸻
(つづく)




