最終話 2025年ーー隆司の退職
2025年。
美咲の死後。
春の光が、
工房の入口に静かに差し込んでいた。
変わらない朝。
変わってしまった空気。
その中で――
継、健太、彩乃の三人が並び、
隆司の前に立っていた。
継が、一歩だけ前に出る。
手には、花束。
継
「長い間――ありがとうございました」
ほんの一拍。
「……これからは、僕たちが」
「この工房を、守ります」
言葉は少なかった。
だが、そこに込められたものは重かった。
隆司は、少しだけ目を細める。
花束を見る。
三人を見る。
そして――
いつものように、笑った。
隆司
「おう」
一言。
それだけだった。
だが、その声には――
すべてが含まれていた。
⸻
工房の奥。
長く閉ざされていた扉の前で、
隆司は立ち止まる。
誰も、何も言わない。
しばらくして――
ポケットから、古い鍵を取り出した。
静かに。
迷いなく。
それを、継の手に置く。
隆司
「……この部屋はな」
わずかな間。
「君には、必要ない」
継の指が、わずかに止まる。
隆司は続ける。
「大掃除でも、断捨離でも」
「好きにしていい」
封筒を差し出す。
「業者を使え。無理はするな」
淡々とした口調。
だが――
その裏にあるものに、
誰もが気づいていた。
継は、ゆっくりと鍵を握る。
継
「……はい」
それ以上は、言わなかった。
隆司もまた――
振り返らなかった。
⸻
工房を出る直前。
春の光の中で、継が声をかける。
少しだけ、いつもの調子で。
継
「隆司さん」
「そろそろ、100歳ですよ」
隆司は、足を止めずに答える。
隆司
「おう」
それだけだった。
振り返らない。
立ち止まらない。
ただ――
前を見て、歩いていく。
⸻
2030年。
隆司は――
静かに、その生涯を終えた。
誰にも迷惑をかけることなく。
誰にも見送られすぎることなく。
ただ、自然に。
――まるで、
役目を終えた者のように。
⸻
2045年。
工房。
あの部屋の前。
継が立っていた。
手の中には――
あの鍵。
しばらく見つめる。
そして――
ゆっくりと、鍵を差し込む。
⸻
美咲編・完
ここまで、
美咲と隆司の物語を読んでくださり、
ありがとうございました。
この物語で描いてきたのは、
戦争そのものではなく――
そのあとを生きた人たちの時間です。
美咲は、戦わない世代でした。
それでも彼女は、戦争の影と共に生き、
壊れたものの中から、残すべきものを選び続けました。
隆司もまた、
多くを語らないまま、
長い時間を生き抜いた一人です。
彼の退職は、
ひとつの時代の終わりでした。
⸻
そして、次回。
明日 6月11日(木) 21:00
これまで語られてこなかった物語について、
お話しさせていただきます。
この作品の中で、
ずっと“触れられなかった部分”。
その先にあるものを、
ようやくお見せできる段階になりました。
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次話は、第四部の告知回です。
少しだけ、
この物語の“その先”を
覗いていただければと思います。




