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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第三部 美咲編 ― 沖縄に咲く紅 ―
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第四十一話 1972年5月15日――この日、国も人生も変わった(ただし役所は変わらない)

沖縄返還の日。


歴史の教科書に載る日であり、

そして――


一組の男女にとっては、

ただの「入籍日」でもある。


※なお、この日いちばん大変だったのは役所です。

1972年5月15日。

 

空は、やけに晴れていた。


「……今日から、日本か」


挿絵(By みてみん)


健一は空を見上げながら、

小さく呟いた。


その隣で、彩花が笑う。


「うん。昨日までアメリカだったのにね」


「不思議な感じだな」


「ね。でもさ」


彩花は、少しだけ真面目な顔になる。


「だからこそ、今日にしたんでしょ?」


「……ああ」


健一は、手元の書類を見る。


――婚姻届。


“本籍”の欄に、

一瞬だけ視線が止まる。


(ここが、日本になるのか……)


ほんの一瞬だけ、

過去と現在が交差する。


だが――


「よし、行こう」


「うん!」


その空気を、

あっさり壊したのは彩花だった。


いつも通りで、

少し強引で、でも心地いい。


ふたりは並んで歩き出す。

役所へ向かって。



「次の方どうぞー」


役所は、地獄だった。


「えっと、この書類でお願いします」


健一が差し出した婚姻届を、

職員が受け取る。


そして――

固まった。


職員

「……あの、こちらの様式は」


健一

「はい」


職員

「使用できません」


健一

「え?」


職員

「使用できません」


健一

「え?」


大事なことなので二回言われた。


健一

「いや、昨日まで使えましたよね!?」


職員

「昨日はアメリカですので」


挿絵(By みてみん)


健一

「理不尽!!」


即答だった。

彩花が吹き出す。


彩花

「ちょっと健一、落ち着いて」


健一

「いや落ち着けるか!?

 国が変わったら書類も変わるのか!?」


職員

「変わりますね」


職員、無慈悲。



職員

「では、こちらの新しい様式でお願いします」


健一

「……はい」


健一、敗北。

その横で彩花はニヤニヤしている。


彩花

「ほら、ちゃんと書いて」


健一

「……はい」


ペンを持つ手が、少しだけ震える。


名前を書く。

住所を書く。


そして――


「続柄は?」


職員が淡々と聞いた。


一瞬だけ、静寂。


健一は、息を吸って――


「……妻です」


その言葉は、

思っていたよりも静かで、

でも確かだった。


彩花が、ほんの少しだけ目を丸くする。


そして――


「……夫です」


少しだけ、丁寧に。

いつもと違う口調で、そう答えた。


その一瞬で、全部が変わった気がした。


「では、こちらで受理されます」


職員が判子を押す。

その音は、やけに軽かった。


けれど――

確かに、人生が動いた音だった。



「終わったな」


「終わったね」


役所の外に出ると、空は変わらず青い。


まるで、何も変わっていないみたいに。


「……なんか、実感ないな」


「私も」


彩花が笑う。


「でもさ」


「うん?」


「ちゃんと、変わってるよ」


そう言って、そっと手を取る。


健一は、一瞬驚いて――

でも、すぐに握り返した。


「よし、帰るか」


「うん」


ふたり並んで歩き出す。


――その瞬間。



「危ないッ!!」


後ろから怒鳴り声。


振り向いた瞬間、

車が目の前を通り過ぎた。


しかも――

右側から。


健一

「えっ」


彩花

「えっ」


警察

「お前ら何やってる!!

 右側通行だろ!!」


挿絵(By みてみん)


健一

「いや今日から日本ですよね!?」


警察

「そうだ!!」


健一

「じゃあ左側じゃ!?」


警察

「まだ右だ!!」


健一

「どっちなんだよ!!」


彩花が腹を抱えて笑い出す。


彩花

「健一、落ち着いて……!」


健一

「落ち着けるか!!

 国は変わったのに

 交通ルールは変わってない!!」


警察

「そこは段階的なんだ!!」


警察もキレ気味だった。



結局、その日。


国は変わった。


人生も変わった。


けれど――


「……とりあえず、右ね」


「右だな……」


交通ルールだけは、変わらなかった。


そして二人は、ぎこちなく、

でも確かに同じ方向へ歩き出す。



同じ時代を。


同じ場所を。


同じ人生を。


これから、ずっと。



(つづく)

沖縄返還当時。


交通ルールや

通貨、書類などは一気に変わらず、

しばらく混乱が続きました。


つまりこの回は、だいたい実話です。

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