第三十九話 言葉の手前
沖縄に戻り、すべてが動き出した。
工房は息を吹き返し、
それぞれが、それぞれの場所で歩き始める。
そして――
変わり始めたのは、
仕事だけではなかった。
言葉にするには、まだ少し早い。
だが確かに、そこにある。
触れれば壊れそうで、
それでも、もう戻れない距離。
午後の光が、工房に差し込む。
布が揺れる。
風が通る。
彩花は、
染め上がった布を手に取っていた。
彩花
「……綺麗」
その声は、少しだけ柔らかい。
背後から、声。
健一
「新しい配色ですか?」
彩花
「うん。少しだけ、変えてみたの」
健一は、布を覗き込む。
距離が、近い。
ほんの少し。
ほんの少しだけ。
彩花
「……どう?」
健一
「……いいと思います」
健一
「……いや、かなり」
彩花は、くすっと笑う。
彩花
「“かなり”いただきました」
健一は、少しだけ視線を逸らす。
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少し離れた場所。
小林(小声)
「近いですね」
隆司
「近いな」
美咲
「……近いですね」
三人、同時にうなずく。
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再び、二人。
彩花は、布を畳みながら言う。
彩花
「健一って、変わったよね」
健一
「……そうですか?」
彩花
「前はもっと、距離があった気がする」
健一は、少し考える。
健一
「……そうかもしれません」
一拍。
健一
「今は――」
言いかける。
止まる。
彩花が、こちらを見る。
静かな視線。
逃げ場はない。
健一
「……いえ」
言葉を引っ込める。
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彩花
「……なに?」
健一
「いえ、その……」
少し困った顔。
珍しい。
彩花は、少しだけ笑う。
彩花
「気になる」
健一
「……そのうち、話します」
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遠く。
小林
「今の絶対言う流れでしたよね」
隆司
「逃げたな」
美咲
「逃げましたね」
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夕方。
二人は、外を歩いていた。
工房の裏手。
海が見える道。
風が吹く。
彩花
「今日はありがとう」
健一
「いえ。こちらこそ」
並んで歩く。
自然な距離。
だが、少しだけ近い。
彩花
「……不思議だね」
健一
「何がですか?」
彩花
「前は、こんな風に話すなんて思ってなかった」
健一
「……そうですね」
一拍。
健一
「でも、今は――」
また、止まる。
彩花は、気づいている。
気づいていて、待っている。
彩花
「……また?」
少しだけ、意地悪な笑顔。
健一は、苦笑する。
健一
「……すみません」
⸻
風が、強く吹く。
彩花の髪が揺れる。
健一は、反射的に手を伸ばす。
触れる。
一瞬。
だが、今度は離れない。
彩花
「……」
健一
「……」
目が合う。
健一
「……彩花」
名前を呼ぶ。
それだけで、空気が変わる。
健一
「俺は――」
言いかける。
止まらない。
止めない。
だが。
健一は、息を吐いた。
健一
「……いや」
首を振る。
彩花は、少しだけ驚いて、
そして――笑った。
彩花
「……もう、分かってる」
健一
「……え?」
彩花
「健一が、何を言おうとしてるか」
一拍。
彩花
「だから」
少しだけ、前を見る。
そして――
彩花
「ちゃんと、言ってね」
健一は、言葉を失う。
⸻
遠く。
小林
「今のほぼ告白ですよね?」
隆司
「だな」
美咲
「完全にそうですね」
さらに後ろ。
文が、静かに立っている。
文
「……ふふ」
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夕焼け。
二人の影が、長く伸びる。
健一(心の声)
「……次は、逃げない」
風が吹く。
今度は、優しい風だった。
⸻
(つづく)




