第三十八話 触れた距離
帰ってきた場所。
取り戻した日常。
そして――
少しずつ変わっていく、二人の距離。
気づいているのは、
本人たちよりも周りの方かもしれない。
※ニヤニヤ注意回です(笑)
沖縄。
仲村工房。
夕方。
一日の作業が終わり、
工房には少しだけ静けさが戻っていた。
染料の香り。
風に揺れる布。
美咲は、
一人で後片付けをしていた。
布を整え、道具を片付ける。
その手を――
後ろから、そっと支える手があった。
隆司
「そこ、俺やる」
美咲
「……あ、ありがとうございます」
ほんの一瞬。
指先が触れる。
――離れる。
ほんの、わずかな時間。
だが。
美咲の手が、ほんの少しだけ止まる。
隆司もまた、何も言わない。
沈黙。
だが、不思議と気まずくはない。
むしろ――
少しだけ、心地いい。
⸻
外。
夕焼け。
工房の裏手。
作業を終えた二人が、
並んで歩いていた。
言葉は少ない。
だが、足並みは揃っている。
美咲
「……戻ってきたんですね」
隆司
「ああ」
短い返事。
だが、そこに迷いはない。
美咲
「正直、少し怖かったんです」
隆司
「何が?」
美咲
「全部、変わってしまってるんじゃないかって」
隆司は、少しだけ考える。
そして。
隆司
「変わっただろ」
美咲
「……え?」
隆司
「俺たちがな」
一瞬。
風が止まったように感じる。
美咲は、少し驚いた顔をして――
そして、少しだけ笑う。
美咲
「……そうですね」
⸻
少しだけ、歩く。
沈黙。
だが、さっきよりも距離が近い。
隆司
「ここに戻るって決めたの、お前だろ」
美咲
「はい」
隆司
「なら、大丈夫だ」
美咲は、視線を少し落とす。
そして。
美咲
「……隆司さんは」
一拍。
美咲
「どうして、
残るって言ってくれたんですか?」
隆司は、少しだけ空を見る。
そして。
隆司
「簡単だ」
美咲、顔を上げる。
隆司
「お前がいるからだ」
一瞬。
完全に時間が止まる。
美咲の思考が、追いつかない。
顔が、少しだけ赤くなる。
だが、目は逸らさない。
⸻
その時。
風が吹く。
美咲の手元の布が、ふわりと揺れる。
反射的に――
二人の手が、同時に伸びる。
そして。
――触れる。
指先。
今度は、少しだけ長く。
離さない。
離せない。
互いに、ほんの少しだけ驚いている。
だが。
誰も、引かない。
隆司
「……」
美咲
「……」
言葉はない。
だが。
それで、十分だった。
⸻
少しして。
美咲が、ほんの少しだけ笑う。
美咲
「……ちゃんと働いてくださいね」
隆司
「命令かよ」
美咲
「社長ですから」
隆司
「……はいはい」
二人、少しだけ笑う。
指先は、ゆっくりと離れる。
だが。
距離は、もう戻らない。
⸻
その様子を――
少し離れた場所から見ている三人。
小林
「……今の、完全にアレですよね」
健一
「ええ」
彩花
「やっとですよ」
三人、同時にため息。
だが、その顔は完全に笑っている。
さらに少し離れた場所。
文が、その様子を見ていた。
静かに。
穏やかに。
文
「……ふふ」
すべて分かっている顔。
そして。
少しだけ、安心したような表情。
⸻
夕焼けの中。
工房に、灯りがともる。
新しい日常。
新しい関係。
すべてが、少しずつ動き出していた。
⸻
(つづく)
ニヤニヤ回でした!
ついにここまで来ましたね……。
でもまだ“確定”ではありません。
この距離が一番おいしいところです。
次回、さらに周囲が巻き込まれます(笑)




