第三十話 尚造の布団
戦争の記憶は、
いつも大きなものとして語られる。
だが、人が忘れられないのは、
案外――小さなものだ。
東京・健一の部屋。
重たい空気は、
まだ完全には消えていなかった。
だが――
どこか、少しだけ緩んでいる。
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健一が、ふと口を開く。
健一
「……そういえば」
全員の視線が向く。
健一
「小林さんが、
25年間探していたものって……」
一拍。
健一
「結局、何だったんですか?」
沈黙。
小林は、少しだけ視線を落とし――
そして、あっさりと言った。
小林
「尚造さんの布団」
――間。
健一
「……はい?」
彩花
「え?」
美咲
「……布団?」
小林は、真顔だった。
小林
「戦地で使っていたやつです」
「妙に寝心地がよくて」
健一
「いや、そこ!?」
空気が、一気に崩れる。
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(回想)
雨音。
テントの中。
小さな灯り。
湿った空気の中に、
不思議と穏やかな時間があった。
隆司
「……なんか、修学旅行みたいですね」
小林
「戦地でそれ言うの、
だいぶ頭おかしいですけど」
小さな笑い声。
尚造は、布団の上に座り、
少し照れながら口を開いた。
尚造
「……もし、戦争が終わったら」
空気が、静かに変わる。
尚造
「妻と子どもと一緒に、
日本全国を旅したいんです」
隆司
「旅行……?」
尚造
「はい」
尚造
「まずは――桜島」
「次に、厳島神社」
「それから、箱根温泉で……」
少しだけ笑う。
尚造
「締めは、雷門ですね」
小林
「……欲張りですね」
尚造
「家族旅行って、そういうものでしょう?」
尚造
「戦争中は地図ばっかり見てきたから……」
尚造
「今度は、歩くための地図を描きたいんです」
静寂。
薬丸
「……いい夢だ」
薬丸
「君たちが、そういう話をできる国に戻すことだ」
(回想終わり)
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小林の手の中で、
焼き芋の皮がわずかに潰れる。
小林
「……結局、見つからなかった」
「米軍のCivil Affairsも当たったんですがね」
「記録には、残ってなかった」
少しだけ笑う。
乾いた笑いだった。
小林
「たかが布団、なんですけどね」
沈黙。
美咲が、静かに口を開く。
美咲
「……でも」
全員が、彼女を見る。
美咲
「父は、その布団を捨てて」
一拍。
美咲
「生きて、私に会いに来てくれました」
小林の目が、わずかに揺れる。
美咲
「それだけで、十分です」
沈黙。
小林は、何も言わない。
だが――
その肩から、
少しだけ力が抜けていた。
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彩花が、ぱん、と手を叩く。
彩花
「よし!」
空気が変わる。
彩花
「気分転換に、雷門行きませんか?」
隆司
「……唐突だな」
彩花
「いいじゃないですか」
「尚造さんの夢、回収しに行きましょう」
一瞬の沈黙。
小林が、ふっと笑う。
小林
「……悪くない」
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場面転換。
浅草・雷門。
観光客で賑わう通り。
美咲の目が、輝いていた。
美咲
「……あれ」
全員が、嫌な予感を覚える。
美咲は、一直線に店へ向かう。
美咲
「この柄……!」
「この色の重ね方……!」
「沖縄の紅型と似てるけど、違う……!」
店員が少し引く。
健一
「始まった……」
彩花
「スイッチ入ったね」
美咲は止まらない。
美咲
「この配置、意図的ですよね!?」
「地域性ですか!?
それとも作家性!?」
店員
「え、あの……」
隆司は、遠い目をした。
小林が、ぽつりと呟く。
小林
「……尚造さん2号だな」
隆司
「……慣れろ」
健一
「無理です」
彩花
「私は好きだけどね」
笑いが、広がる。
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その空の下。
戦争の記憶と、未来の時間が、
静かに交差していた。
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(つづく)




