第二十八話 沖縄の時間
それは、あまりにも無謀な選択だった。
だが——
その一言は、誰よりも静かで、強かった。
東京・健一の部屋。
静寂が、落ちていた。
テーブルの上には、紅型。
その周囲に、六人。
誰も、言葉を発さない。
——いや、言葉が出ない。
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小林は、動かなかった。
視線だけが、紅型に落ちている。
その瞳は、
もはや「分析者」のものではなかった。
小林
「……違う」
誰に向けたわけでもない声。
小林
「これは……
俺が探していたものじゃない」
沈黙。
健一が、息を呑む。
健一
「……じゃあ、何なんですか」
小林は答えない。
ただ、笑った。
——乾いた笑いだった。
小林
「……分からない」
その一言で、崩れた。
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彩花が、そっと袋を差し出す。
彩花
「……これ、買ってきたの」
焼き芋。
まだ、ほんのりと温かい。
小林の指が、わずかに止まる。
美咲
「……食べましょう」
静かな声。
命令ではない。
だが、誰も逆らわなかった。
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小林は、焼き芋を受け取る。
皮を割る。
湯気。
紫色の中身。
——その瞬間。
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(回想)
炎の前。
泥だらけの手。
笑い声。
隆司
「尚造さん、
もうすぐ赤ちゃん産まれるんです!」
小林
「ちょ、ちょっと待て……
尚造さん2号って……
なんか怖くない?」
笑い。
焼き芋の香り。
あの時間。
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(現在)
小林の手が、震える。
小林
「……ああ」
小さく、呟く。
黒田は、
壁にもたれたまま、動かない。
ただ、見ている。
隆司
「思い出したか」
小林は、答えない。
だが——
その目は、戻っていた。
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その時。
黒田が口を開く。
黒田
「……日本政府の意向を伝える」
空気が変わる。
黒田
「返還交渉の後、紅型は国家管理とする」
健一
「……は?」
黒田
「適切な管理のもと、保管されるべきだ」
一拍。
黒田
「——個人が扱うものではない」
その直後。
電話が鳴る。
健一の顔色が変わる。
健一
「……CIAが動いてる」
沈黙。
逃げ場は、ない。
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美咲は、紅型を見る。
そして——
目を閉じた。
(焼き芋の湯気)
(あの笑い声)
(沖縄の海)
目を開く。
静かに。
だが、はっきりと。
美咲
「……断ります」
全員が、彼女を見る。
黒田
「……理由を聞こう」
美咲は、一歩、前に出る。
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「2045年」
静かな声。
だが、揺るがない。
「沖縄戦から、100年」
誰も動かない。
「その年に」
一拍。
「紅型を、展示します」
空気が、止まる。
「その日まで」
「紅型は——」
「沖縄の時間です」
「誰のものでもない」
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完全な静寂。
——そして。
現実が、戻る。
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健一
「……いや、ちょっと待ってください」
声が震える。
健一
「それ、日米政府どっちも
敵に回してますよね?」
彩花
「2045年って……
そんな先……」
美咲を見る。
彩花
「美咲、その時まで……」
一拍。
彩花
「責任、背負い続けるの……?」
黒田
「沖縄返還のタイミングで公開すればいい」
淡々と。
黒田
「その方が、現実的だ」
三方向からの否定。
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美咲は、静かに答える。
「……ダメです」
「返還の時に出したら」
「まだ、生きてる人たちが傷つく」
沈黙。
「これは、過去の記録じゃない」
「誰かの人生です」
「破壊も、封印も、させません」
「政府も、信用できない」
一拍。
「……私が、見つけたからです」
その一言で、すべてが決まった。
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黒田は、目を細める。
黒田
「……分かった」
一拍。
黒田
「条件付きで協力する」
健一
「え?」
黒田
「紅型は君たちが保持する」
黒田
「だが——我々が裏で守る」
契約だった。
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小林が、ふっと笑う。
小林
「……尚造さん2号だな」
隆司
「怖いか?」
小林
「……いや」
小林
「安心した」
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場面転換。
薄暗い部屋。
部下
「日本の公安が、彼らにつきました」
沈黙。
上司が、静かに笑う。
「いい」
一拍。
「これで、盤上の駒が揃った」
「次の一手は——圧力だ」
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夜。
東京。
それはもう、“個人の問題”ではなかった。
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(つづく)




