第六話 伝説の染織職人
1933年。アメリカ。
八原の留学生活は順調だった。
兵学校の講義、戦術研究、資料調査。
そして――
文化財オタクの友人、ジョン。
この男、軍人でありながら
とても困った性格をしていた。
それは、
気に入った文化財を
世界中に布教する癖。
今回の被害者は――
沖縄の紅型職人、尚造だった。
アメリカ兵学校。
講義が終わり、
学生たちは食堂に集まっていた。
ジョンはテーブルの上に布を広げている。
学生A
「またそれか」
学生B
「何なんだその布」
ジョンは真剣な顔だった。
ジョン
「芸術だ」
学生A
「軍学校だぞここ」
ジョン
「文化も重要だ」
学生B
「それどこの国?」
ジョン
「沖縄」
学生A
「どこだ」
ジョン
「日本の南だ」
ジョンは布を指差した。
ジョン
「見ろ」
「この色」
「この配置」
「この構図」
学生A
「……」
学生B
「派手だな」
ジョン
「違う」
「これは」
ジョン
「伝説の染織だ」
学生A
「は?」
学生B
「伝説?」
ジョンは胸を張った。
ジョン
「作者は」
「沖縄の職人」
「仲村尚造」
学生A
「有名なの?」
ジョン
「まだ知られていない」
学生B
「なんだそれ」
ジョン
「だが」
ジョンは指を立てた。
ジョン
「いずれ世界が知る」
学生A
「……」
学生B
「怪しい宗教みたいだな」
その時。
八原が食堂に入ってきた。
ジョン
「八原!」
八原
「……」
ジョンは布を持ち上げた。
ジョン
「説明してくれ」
八原
「何をだ」
ジョン
「この芸術」
八原は少し困った顔をした。
八原
「友人が作った染物だ」
ジョン
「ほら見ろ!」
学生A
「本人の友人なの?」
八原
「そうだ」
学生B
「すごい人なの?」
八原
「……普通の職人だ」
ジョン
「嘘だ」
八原
「本当だ」
ジョン
「普通の職人はこんな色を作らない」
八原
「作る」
ジョン
「天才だ」
八原
「違う」
ジョン
「芸術家だ」
八原
「職人だ」
ジョン
「伝説だ」
八原
「……」
学生A
「どっちなんだ」
八原
「沖縄の紅型職人だ」
ジョン
「“東洋の染織マスター”だ」
学生B
「なんか強そう」
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数週間後。
アメリカ某大学。
ジョンは美術史の教授と話していた。
教授
「沖縄?」
ジョン
「はい」
ジョンは紅型を広げた。
教授
「ほう」
ジョン
「伝説の職人が作っています」
教授
「名前は?」
ジョン
「仲村尚造」
教授
「聞いたことがない」
ジョン
「まだ知られていないだけです」
教授は布を見つめた。
教授
「……面白い」
⸻
さらに数週間後。
新聞社。
記者
「東洋の染織?」
ジョン
「はい」
記者
「名前は?」
ジョン
「仲村尚造」
記者
「どこにいる?」
ジョン
「沖縄」
記者
「なるほど」
翌週。
小さな記事が載った。
「沖縄に謎の染織職人」
⸻
その頃。
沖縄。
仲村工房。
尚造は紅型を染めていた。
尚造
「文」
文
「はい」
尚造
「糸が足りません」
文
「買ってきますね」
尚造
「ありがとうございます」
尚造は布を広げた。
外では、村の子どもたちが遊んでいる。
アメリカでは――
尚造は
“東洋の伝説の職人”
として語られていた。
本人だけが、まだそれを知らない。
⸻
(つづく)




