第七話 三人の教師
1935年。
世界は、ゆっくりと不穏な方向へ進み始めていた。
アメリカでは
一人の日本人将校が兵学校を卒業し、
祖国へ帰ろうとしていた。
その名は八原。
そしてこの年、
沖縄の小さな村では――
後に多くの命を救うことになる
三人の教師が出会った。
アメリカ兵学校。
卒業式の日。
広い校庭に学生たちが整列していた。
旗が風に揺れ、軍楽隊の音が静かに響く。
八原は整列したまま空を見上げていた。
(この国は……強い)
工業力。
資源。
人口。
もしこの国と戦争になれば――
八原は小さく息を吐いた。
式が終わる。
学生たちはそれぞれの進路へ向かっていった。
ジョンが八原の肩を叩いた。
ジョン
「帰国か?」
八原
「そうだ」
ジョン
「寂しくなるな」
八原
「お前は文化財探しか」
ジョン
「もちろんだ」
ジョンは笑った。
ジョン
「沖縄にも行く」
八原
「なぜだ」
ジョン
「紅型を見る」
八原
「……」
ジョン
「君の友人」
「伝説の職人」
八原
「普通の職人だ」
ジョン
「違う」
ジョンは胸を張った。
ジョン
「“東洋の染織マスター”だ」
八原
「……」
ジョンは握手を差し出した。
ジョン
「また会おう」
八原
「その時は沖縄だ」
ジョン
「いいね」
二人は固く握手した。
⸻
数週間後。
日本。
八原は軍の会議室にいた。
上官たちが地図を囲んでいる。
話題は中国。
資源。
アメリカ。
言葉の端々に、
緊張が混じっていた。
八原(心の声)
(……早い)
(想像より早い)
世界は、
確実に戦争へ近づいていた。
八原は思った。
(あの男を前線に出すべきではない)
沖縄。
仲村尚造。
あの男の知識は
戦場より教育に向いている。
八原は上官に言った。
八原
「沖縄の兵学校に教官が必要です」
上官
「沖縄?」
八原
「はい」
「地形的に重要です」
「現地教育が必要になります」
上官
「候補は?」
八原
「仲村尚造」
⸻
数か月後。
沖縄。
仲村工房。
尚造は布を広げていた。
そこへ一人の男が現れる。
八原だった。
尚造
「……八原さん?」
八原
「……失礼する」
尚造
「アメリカから?」
八原
「帰国した」
尚造は笑った。
尚造
「紅型を持っていきましたか?」
八原
「持っていった」
尚造
「売れました?」
八原
「……」
八原は少しだけ困った顔をした。
八原
「なぜか」
「伝説の職人になっている」
尚造
「?」
尚造は首をかしげた。
八原は咳払いをした。
八原
「あなたに、頼みがあります」
間。
八原
「兵学校で、教えてほしい」
尚造
「……教えるだけで、いいんですか」
八原は、少しだけ間を置いた。
八原
「それが、一番難しい」
尚造は、わずかに笑う。
ほんの少しだけ。
尚造
「……分かりました」
八原は、立ち上がる。
八原
「ありがとうございます」
深くは、頭を下げない。
だが、十分だった。
⸻
しかし問題があった。
八原
「もう一人必要だ」
尚造
「?」
八原
「海だ」
沖縄は島。
戦争になれば、海が重要になる。
八原は言った。
八原
「海を知る人間が必要だ」
⸻
数日後。
港町。
一人の老人が船を修理していた。
筋肉質の体。
焼けた肌。
八原
「比嘉秀伍」
男は顔を上げた。
秀伍
「誰だ」
八原
「軍人だ」
秀伍
「軍人は帰れ」
八原
「三笠」
秀伍の手が止まった。
八原
「観測兵」
「少尉」
秀伍は静かに立ち上がった。
秀伍
「……何が聞きたい」
八原
「海の戦い方だ」
秀伍はしばらく黙った。
秀伍
「戦争でもするのか」
八原
「可能性は高い」
秀伍は空を見上げた。
そして言った。
秀伍
「若い奴を死なせたくない」
八原
「同感だ」
秀伍
「……」
秀伍は頷いた。
秀伍
「教官ならやる」
⸻
数日後。
仲村家。
縁側。
尚造
秀伍
八原
三人が座っていた。
八原
「初めまして」
秀伍
「比嘉秀伍だ」
尚造
「仲村尚造です」
秀伍
「知ってる」
八原
「紅型職人」
秀伍
「裁縫か」
尚造
「修理も得意です」
秀伍
「……」
秀伍は笑った。
秀伍
「面白い」
八原
「三人揃った」
尚造
「何をするんです?」
八原
「教育だ」
秀伍
「生き残るためのな」
尚造
「なるほど」
三人は静かに海を見た。
この日。
沖縄の小さな村で、
後に多くの命を救うことになる教育が始まった。
その名を――
生存教育
という。
⸻
(つづく)
次回より――
この物語の主役、
五人の村の若者たちが登場します。
彼らは特別な英雄ではありません。
どこにでもいる、普通の青年たちです。
そして彼らは、
それぞれ異なる戦場へ向かうことになります。




