第二話 士官学校の変人
1921年。東京。
尚造は猛勉強の末、
無事に陸軍士官学校へ入学できた。
年齢は二十代半ば。
周囲の学生たちは十代後半。
当然ながら――
かなり目立つ。
そしてもう一つ、
尚造には大きな問題があった。
それは、軍学校の学生とは思えない
奇妙な趣味だった。
この回では、
後に沖縄戦で共に戦うことになる
薬丸との出会いが描かれる。
1921年。
陸軍士官学校。
朝の訓練が終わり、
学生たちはそれぞれの部活動へ向かっていた。
剣道場では、竹刀の音が激しく響いている。
「面!」
「胴!」
汗まみれの学生たちが、
真剣な表情で打ち合っていた。
その中心に立っているのが、
剣道部の部長――
薬丸兼教。
鋭い目つき、無駄のない動き。
「一本!」
部員たちは思わず息を飲んだ。
強い。
この学校でも、頭一つ抜けている実力だった。
薬丸は竹刀を下ろすと、部員たちを見渡した。
薬丸
「今日はここまでだ」
部員
「ありがとうございました!」
部員たちが礼をして散っていく。
⸻
その時だった。
薬丸は、剣道場の隅に奇妙な光景を見つけた。
一人の学生が、床に座っている。
その学生は――
針と糸を持っていた。
薬丸
「……何をしている」
男は顔を上げた。
尚造
「あ、すみません」
尚造は穏やかに笑った。
手には剣道の防具。
そして――
縫っている。
薬丸は一瞬、言葉を失った。
薬丸
「……縫っているのか?」
尚造
「はい」
尚造は防具を持ち上げた。
尚造
「ここ、糸がほつれていました」
薬丸は近づいて見た。
確かに防具は綺麗に修繕されている。
薬丸
「……お前は剣道部か」
尚造
「いえ、裁縫部です」
薬丸
「裁縫部」
尚造
「はい」
薬丸はしばらく黙った。
薬丸
「ここは剣道場だ」
尚造
「ええ」
薬丸
「なぜ裁縫部の学生がいる」
尚造
「修理です」
尚造はさらりと言った。
尚造
「防具は高いですから」
薬丸は思わずため息をついた。
薬丸
「……名前は」
尚造
「仲村尚造です」
薬丸
「薬丸兼教だ」
尚造は少し驚いた顔をした。
尚造
「部長の」
薬丸
「そうだ」
尚造は軽く頭を下げた。
尚造
「防具、使いやすくなっていると思います」
薬丸は竹刀を構え、軽く振ってみた。
確かに、紐がしっかりしている。
薬丸
「……腕はいい」
尚造
「ありがとうございます」
⸻
薬丸
「だが」
薬丸は尚造を見た。
薬丸
「なぜ軍学校で裁縫をしている」
尚造は少し考えて答えた。
尚造
「役に立つと思いまして」
薬丸
「裁縫がか」
尚造
「はい」
尚造は静かに言った。
尚造
「服が破れた時」
「装備が壊れた時」
「布が必要な時」
「誰かが直さないといけません」
薬丸は黙った。
尚造は続けた。
尚造
「戦場では、こういうことが多いと思います」
薬丸
「……」
薬丸は少しだけ笑った。
薬丸
「面白い奴だ」
尚造
「そうでしょうか」
薬丸
「普通の学生は、そんなこと考えない」
尚造
「そうなんですか」
薬丸は防具を手に取った。
薬丸
「これからも直してくれ」
尚造
「もちろんです」
薬丸は剣道場を出ようとした。
そしてふと振り返った。
薬丸
「仲村」
尚造
「はい」
薬丸
「お前」
「変人だな」
尚造は少し笑った。
尚造
「よく言われます」
薬丸
「……」
薬丸は歩き出した。
その背中を見ながら、
尚造は針を動かし続ける。
⸻
この奇妙な出会いが、
二人の長い友情の始まりだった。
そして二十年以上後。
沖縄の戦場で、
この二人は再び同じ場所に立つことになる。
その時、二人はまだ知らない。
⸻
(つづく)




