表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
外伝・村男編 ― 戦場からの卒業 ―
128/140

第一話 尚造、上京する

1920年。


沖縄の小さな村で、

尚造は少し困った状況に陥っていた。


紅型職人として働き、

家族と静かに暮らすはずだった青年は、

なぜか村の女性たちから

異様な人気を集めてしまった。


結果――


尚造は沖縄を離れ、

東京へ上京することになった。


これは、

後に村の若者たちを教えることになる男の、

少し奇妙な青春の始まりである。

1920年。沖縄。


仲村家の庭先で、

尚造は深いため息をついていた。


挿絵(By みてみん)


尚造

「……どうしてこうなったんでしょう」


縁側には

父・隆造と母・尚綾が座っている。


隆造は腕を組み、難しい顔をしていた。


隆造

「……綾さん」


「これはもう村では無理だ」


尚綾

「ええ。あの子」


「最近は工房まで追いかけられてるもの」


尚造はうつむいた。


尚造

「僕はただ、

 静かに紅型を作りたいだけなんですが……」


尚綾は少し笑った。


尚綾

「尚造。あなたが思っているより、

 この村の女性たちは積極的なのよ」


隆造

「だから言ってるだろう。東京へ行け」


尚造

「……東京?」


隆造

「典の息子がいる。下宿させてもらえる」


尚綾

「本もたくさんあるわよ」


尚造の目が少しだけ輝いた。


挿絵(By みてみん)


尚造

「……本?」


尚綾

「学校もあるわ」


尚造

「それは……魅力的ですね」


隆造

「決まりだな」


こうして尚造の上京は、あっさり決まった。


理由は、

村娘たちから逃げるためである。



数週間後。


港。


強い日差し。

潮の匂い。


荷物を抱えた人々が行き交う。


尚造は、船の前に立っていた。


小さな荷物。

それだけだった。


後ろから、声。


「……行くのか」


振り返る。


秀伍だった。


腕を組み、

いつものように立っている。


尚造は、少しだけ驚く。


尚造

「秀伍さん」


「どうしてここに」


秀伍

「噂くらい入る」


一拍。


「村中で騒ぎになってたからな」


尚造は、少しだけ苦笑する。


尚造

「……お恥ずかしい限りです」


秀伍は答えない。

ただ、尚造を見る。


少しの沈黙。


波の音。


秀伍

「東京に行くんだな」


尚造

「はい」


秀伍

「戻るつもりはあるのか」


一瞬。


尚造は、少しだけ考える。


尚造

「……分かりません」


「向こうがどんな場所かも、

 まだ想像できませんし」


正直な答えだった。


秀伍は、小さく息を吐く。


そして――


一歩、近づく。


秀伍

「帰ってこい」


短い言葉。


尚造は、目を瞬かせる。


秀伍

「どこへ行ってもいい」


「何をやってもいい」


一拍。


「だが――」


尚造を見る。


まっすぐに。


秀伍

「帰る場所だけは、間違えるな」


挿絵(By みてみん)


風が、吹く。


尚造の表情が、わずかに止まる。


その言葉の意味を、

まだ完全には理解していない。


それでも――


何かが、残る。


尚造

「……はい」


小さく、頷く。


船の汽笛が鳴る。


乗船の合図。


尚造は一礼する。


尚造

「行ってきます」


秀伍は、軽く手を上げる。


秀伍

「行ってこい」


尚造は、振り返らずに歩き出す。


船へ。



甲板。


尚造は、立ち止まる。


遠ざかる島。

小さくなる、村。


尚造(心の声)

(帰る場所……)


少しだけ、考える。


だがすぐに――

視線を前に向ける。


尚造(心の声)

(……まずは、東京ですね)


船は、進む。



東京。


尚造は港に降り立った瞬間、立ち止まった。


挿絵(By みてみん)


人。

人。

人。


そして――

建物。


尚造

「……大きい」


通りには電車が走っていた。


車が行き交い、人々が急ぎ足で歩いている。


尚造はしばらく、その光景を見上げていた。


尚造

「……すごい」



従兄(いとこ)の家。


尚典の息子は笑いながら尚造を迎えた。


従兄

「遠かっただろ」


尚造

「ええ。でも、東京は驚くことばかりです」


従兄

「慣れるよ」


尚造は家の中を見回した。


棚には本が並んでいた。


尚造

「……!」


彼は思わず近づいた。


尚造

「これ……全部読めるんですか?」


従兄

「好きに読んでいいぞ」


尚造

「……!」


その日から、尚造の生活は決まった。


朝。

町を歩く。


昼。

本屋に入る。


夜。

読書。


東京には、

信じられないほど多くの本があった。


軍事書。

地図。

歴史。

工芸。

科学。


尚造は夢中になった。


ある日、

尚造は一冊の本を手に取った。


表紙にはこう書かれていた。


「陸軍士官学校」


挿絵(By みてみん)


尚造はページをめくった。


尚造(心の声)


(ここでは……戦術を学ぶのか)


(地図も読む)


(補給や兵站も……)


尚造はしばらく考えた。

そして静かにつぶやいた。


尚造

「……いいことを思いつきました」


その夜、従兄に言った。


尚造

「士官学校を受験してみようと思います」


従兄

「……え?」


尚造は真剣な顔だった。


尚造

「学生寮があります」


従兄

「それが理由?」


尚造

「女性もいません」


従兄は大笑いした。


従兄

「尚造、お前……」


尚造は少し照れながら続けた。


尚造

「それに」


「戦争のことを、

 ちゃんと知っておくべきだと思いました」


その言葉には、

自分でもまだ説明できない感覚が混ざっていた。


遠い国で起きている戦争。

変わり始めている世界。


それが、なぜか少しだけ気になっていたのだ。


こうして――

沖縄の紅型職人は、

東京の軍学校を目指すことになる。


それが後に、

村の若者たちの運命を変えることになるとは、

この時の尚造はまだ知らなかった。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ