表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
外伝・尚造夫婦編 ― あたたかい日々 ―
122/146

第五話 上海露店大戦線――価格は戦略である

新婚旅行(?)で訪れた上海。


尚造と玉蘭は、

現地の熱気に触発され――

まさかの新作紅型を開発。


そして開かれる、即席露店。


だがそこで待っていたのは、

外交官と軍人という

“別ベクトルの猛者たち”だった。


なお、店主は経済オタクである。

1932年、上海。


雑踏。喧騒。呼び込みの声。

その一角に、異様に整った露店があった。


色鮮やかな布が風に揺れる。


挿絵(By みてみん)


「――いらっしゃいませ。

 こちら、“上海モチーフ紅型”です」


玉蘭(ユーラン)が、にこやかに言う。


その横で、尚造が真剣な顔で布を整えていた。


「配色は、租界の夜景を意識した、

 光と影の対比です」


「うん、そこは今いい」


八原が即座にツッコむ。


少し離れた位置で、

文が静かに様子を見ていた。


(……また何か始まった)



第一波:外交官、敗北


「ほう、これは美しい」


声をかけてきたのは、洋装の紳士の二人組。


――吉田茂(よしだしげる)と、欧米人の外交官。


挿絵(By みてみん)


「Nice design. Very elegant.」

(いいデザインだ。とても上品だね)


布を手に取り、吉田が値札を見る。


「……これは、なかなかの価格だな」


玉蘭、微笑。


「ええ。“適正価格”です」


「適正?」


「はい。需要、希少性、文化価値、輸送コスト、

 そして将来のブランド成長率を加味した結果です」


「……」


吉田、黙る。


欧米人が口を開く。


「Can we negotiate the price?」

(値段は交渉できますか?)


玉蘭、即答。


「いいえ。これは“交渉対象外の価格帯”です」


「Why?」

(なぜですか?)


「ここは“市場の初期形成段階”ですから。

 値引きはブランド毀損に繋がります」


「……」


尚造(小声)

「なるほど……

 価格とは、防衛線なのか……」


八原

「違う方向に学ぶな」


吉田が咳払いを一つ。


「では、この価格の根拠は?」


玉蘭、間を置かずに答える。


「十年後、

 この柄が“上海を象徴する意匠”として

 認知された場合の、先行取得価値です」


沈黙。


欧米人、布を見る。


吉田、布を見る。


再び玉蘭を見る。


「……買おう」


「Thank you.」


完敗である。



第二波:軍人、壊滅


「――ほう。賑わっているな」


低い声。


現れたのは、軍服の二人組。


――牛島満(うしじまみつる)と、長勇(ちょういさむ)


挿絵(By みてみん)


「……布か」


牛島が値札を見る。


「高いな」


玉蘭、微笑。


「ええ。戦略価格です」


長が口を挟む。


「値切れ」


「できません」


「なぜだ」


「価格を崩すと、全体の秩序が崩れます」


「秩序?」


玉蘭、さらりと言う。


「はい。市場は小さな国家ですから」


「……」


牛島、少しだけ興味を持つ。


「では、その国家の敵は何だ」


「短期利益です」


即答。


長、眉をひそめる。


「……つまり?」


「安売りです」


沈黙。


尚造(小声)

「戦場より厳しいですね……」


八原

「お前どこ見てる」


牛島が布を手に取る。


「これを買えば、何が得られる」


玉蘭、静かに言う。


「――“最初の顧客”という地位です」


「……」


長「抽象的だ」


玉蘭「ですが、歴史的です」


再び沈黙。


数秒後。


牛島、ゆっくり頷く。


「……面白い。買おう」


長「……え?」


壊滅である。



閉店後


夕暮れ。


露店は静かに片付けられていた。


挿絵(By みてみん)


「……全部売れたな」


八原が言う。


「うん。予想通り」


玉蘭が軽く頷く。


尚造は、少し考え込んでいた。


「文化を……売る、か」


「売るんじゃない。広げるの」


玉蘭が言う。


「その結果、お金がついてくるだけ」


「……なるほど」


文は、その様子を静かに見ていた。



約束


荷物をまとめながら、八原が言う。


「……うちは養蚕農家だ」


「知っています」


「戦後、もし続いてたら……絹、送る」


尚造は一瞬だけ驚き、すぐに頷いた。


「――受け取ります。

 仲村工房で、必ず活かします」


短い約束だった。


だが、確かだった。



少し離れた場所で。


玉蘭が文に言う。


「……戦後、沖縄に行くわ」


文は少しだけ目を丸くする。


「なぜ?」


「面白そうだから」


一拍。


「……あと、気になるから」


文は、ふっと笑った。


「歓迎します」



風が吹く。


布の残り香が、わずかに揺れた。


上海の夜が、ゆっくりと降りてくる。



尚造は、静かに空を見上げた。


(――この時間が、続けばいい)


誰も、まだ知らない。


この約束が、

どれほど遠くへ届くのかを。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ