第四話 上海の夜とチャイナドレス
1932年。
八原の誘いで、
尚造と文は上海を訪れていた。
そこは、世界中の人間が集まる街。
欧米の商人、日本の軍人、中国の要人――
様々な思惑が交差する東洋最大の都市だった。
その街で二人は、
一人の女性と出会う。
上海の夜は、
沖縄とはまったく違っていた。
通りには灯りが並び、
屋台の香辛料の匂いが漂う。
英語、中国語、日本語が
入り混じって聞こえてくる。
文は驚いたように言った。
「すごい街ですね……」
尚造は周囲を見回す。
「港、鉄道、倉庫……」
少し考えてから言う。
「この街は、世界中の物が集まります」
八原が苦笑した。
「観光中くらい地形の話はするな」
尚造
「……努力します」
文はくすっと笑った。
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三人は、ある店の前で足を止めた。
色鮮やかな衣服が並んでいる。
文が思わず言った。
「綺麗……」
そこにいた女性が振り向いた。
長い黒髪。
優雅な立ち姿。
洗練されたチャイナドレス。
上海でもひときわ目を引く女性だった。
彼女は微笑んだ。
「いらっしゃいませ」
流暢な日本語だった。
八原が軽く会釈する。
「お久しぶりです」
女性は頷く。
「八原さん」
そして文を見る。
「こちらの方は?」
八原が紹介する。
「沖縄の紅型職人、
仲村尚造さんと奥様です」
女性は優雅に頭を下げた。
「林玉蘭です」
それが、
林明浩の祖母となる女性との
出会いだった。
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文は店の衣装を見ていた。
チャイナドレス。
色鮮やかな布。
細やかな刺繍。
文が小さく呟く。
「綺麗ですね……」
玉蘭が微笑む。
「着てみますか?」
文
「え?いえ、私は……」
玉蘭は文をじっと見た。
そして数枚の布を手に取る。
「あなたには、この色」
淡い桃色のドレスだった。
「派手すぎない色が似合うわ」
文は戸惑う。
「でも……」
尚造が言った。
「着てみてはどうですか」
文
「尚造さん……」
玉蘭は笑った。
「大丈夫。試着だけ」
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しばらくして、
文が店の奥から出てきた。
淡い色のチャイナドレス。
沖縄の着物とはまったく違う姿だった。
文は少し恥ずかしそうに言う。
「……似合いますか?」
尚造は一瞬、言葉を失った。
八原が横で小さく笑う。
尚造は静かに言った。
「綺麗です」
文の頬が少し赤くなる。
しかし尚造は続けた。
「でも」
文
「でも?」
尚造は少し困った顔をした。
「いつもの着物の方が好きです」
玉蘭がくすっと笑う。
「正直な方ね」
文も少し笑った。
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そのとき、
尚造が気づく。
文の髪飾りが少しずれていた。
尚造は手を伸ばし、静かに直す。
文が驚く。
「尚造さん?」
「少し曲がっていました」
玉蘭が面白そうに言う。
「自然なのね」
八原が顔をしかめる。
「……見ている方が恥ずかしい」
尚造
「?」
文は少し赤くなっていた。
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店を出ると、
上海の夜はさらに賑わっていた。
文が包みを抱えて歩く。
「本当に良かったのでしょうか?」
「私には少し派手な気もします」
尚造は少し考えた。
「似合うと思ったので」
文
「え?」
尚造
「文さんに似合うものは、好きです」
文は驚いたように尚造を見る。
夜の灯りが、
静かに二人を照らしていた。
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この夜の出会いが、
・仲村家
・林家
・そして未来の世代
を繋ぐことになるとは、
このときの二人は
まだ知らなかった。
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(つづく)




