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Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
外伝・尚造夫婦編 ― あたたかい日々 ―
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第六話 書斎デートと、危険な独り言

夜の書斎は、

尚造と文にとって

特別な場所になっていた。


兵学校の仕事、

終わらない思考、

そして、止まらない独り言。


傍から見れば、

少し――いや、かなり変わった時間。


けれど文にとっては、

同じ机を囲み、

同じ夜を過ごすことそのものが

何よりの「夫婦の証」だった。


これは、

静かな夜に交わされる

緑茶とみかんと、

少し危ない独り言の記録である。


そして同時に、

この穏やかな日々が

永遠ではないことを、

まだ誰も知らなかった夜の話。

夜。


仲村家が静まり返るころ、

書斎だけに灯りがともる。


隆造夫婦が寝室に下がったのを確認してから、

文は静かに戸を開けた。


手には湯呑みと、皮をむいたみかん。


「尚造さん」


「お茶と…

 今日は甘いみかんですよ」


机に向かう尚造は、

赤ペンを走らせたまま、にこりと笑う。


「ありがとう、文」


「今日の緑茶は…

 兵站においても重要で――」


文(心の声)

(もう始まってる)


尚造は

生徒が提出した宿題ノートを前に、

真剣そのものだ。


だが問題は、

声に出して考えてしまう癖である。



ミリオタ発動


挿絵(By みてみん)


尚造(ぶつぶつ独り言)

「この答案は惜しいな……」


「“補給線は大事”まではいい」


赤ペンを止める。


「だが“気合でなんとかする”はダメだ」


一拍。


「気合で届くなら、補給はいらない」


さらさらと書き込む。


「例えばだ」


「前線が三日持つとする」


「弾薬消費、食料、医薬品――」


指で机を軽く叩く。


「ここで一度でも輸送が止まると、戦線は崩壊する」


「なぜなら――」


少し身を乗り出す。


「“腹が減ると人は戦えない”からだ」


文(心の声)

(急に生活感のある結論に戻ってきたわね)


尚造、さらに加速する。


「しかもだ」


「港湾が使えない場合、

 陸路輸送に切り替える必要がある」


「だが道路幅が狭いと――」


紙にさらさらと図を書き始める。


「ここで渋滞が発生する」


「つまり」


ペンを止める。


「“兵站とは渋滞との戦い”だ」


文(心の声)

(なんで急に交通事情みたいな話になったのかしら)


尚造、止まらない。


「さらに敵が航空優勢を取った場合――」


顔を上げる。


「輸送は“見つかったら終わり”だ」


小さく頷く。


「だから夜間輸送が基本になる」


一拍。


「だが夜は――」


少し考える。


「眠い」


文(心の声)

(そこなの!?)


尚造、真剣な顔で続ける。


「つまり」


「兵站とは」


ゆっくり言い切る。


「“寝不足との戦い”でもある」


文(心の声)

(戦争の本質、だいぶ生活寄りね……)


尚造、満足そうに丸をつける。


「よし、この生徒は“半分正解”だ」


文(心の声)

(基準が全然分からないわ)



書斎デートの本質


それでも文は、

尚造の隣に静かに座り続ける。


彼の字が少し乱れると、

そっと紙を押さえ、ペンを差し出す。


「……書き直します?」


尚造

「いや、大丈夫だ。

 文が隣にいると、思考が安定する」


文は一瞬、

驚いたように目を瞬かせてから、

控えめに微笑む。


文(心の声)

(この人、本当に無自覚で

 こういうことを言うのよね…)


やがて、尚造はノートを閉じた。


尚造

「……終わった」


「お疲れさまでした」


尚造は椅子から立ち上がり、

少し照れたように文を見る。


尚造

「約束通り、ご褒美を」


文が立ち上がる前に、

尚造はそっと額にキスをした。



しかし余韻は長く続かない


尚造(ふと思った)

「ところで、もし仮に敵が夜襲を――」


「尚造さん?」


尚造

「……」


文(にっこり微笑む)

「今は“夜襲”ではなく、

 “夜更かし禁止”の時間です」


尚造

「……はい」


文(心の声)

(この人オタクだけど……

 私の夫なのよね)


文は湯呑みを片づけながら、そっと思う。


何を言っているか分からない日も多い。


でも、静かな夜に、

同じ机を囲むこの時間だけは――

誰にも譲れない。



こうして

尚造夫婦の書斎デートは続いていく。


ボケる尚造、心でツッコむ文。


やがて訪れる過酷な時代を、

二人はまだ知らない。


だがこの夜の静けさと、

緑茶とみかんの甘さは、

文の記憶の中で、

永遠に守られることになる。



挿絵(By みてみん)



(つづく)

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