大浦さんは魚捕りってできますか……?
食堂の隅に置いたままの鞄から筆記用具とノートを取り出して、サラサラと数字を並べてゆく。
今作った物がこれだけで、あと作りたいのが、食べ物を8段階目まで上げるのと……。
「何してるんだ?」
大浦さんに手元を覗き込まれて、顔を上げる。
「あ、今日中にあと何がどれだけ作れるかなって、俺の残りのマージ可能回数と照らし合わせて考えてました」
「おー、えらいな、計画的でよろしい」
褒められた。
「そんで? 今日はあとどのくらい作れそうなんだ?」
「うーん……。寝たら回復するっていうのが、初期値まで全回復するのか、1回の睡眠で一定値回復するのか、睡眠時間に応じて回復するのかが分からないので、数字を残して寝るべきか悩んでるとこなんですよね……」
「ああ、そう言われりゃそうだな。なんかRPGの宿屋みたいに全回復するんだと思い込んでたぜ」
「あはは、わからないことだらけですね。大浦さんにビールを作ってあげられたらいいんですけど……」
俺の言葉に、大浦さんが一瞬ポカンとした顔をして、それから、ぎゅっと眉を寄せて硬い表情になった。
あ、ビールより先に大事なものがあるだろうって事かな。
そうだよな、まだ足りないものだらけだもんな……。
「ええと……」
まずは『果物かご』のマージを最終段階まで進めてきますね。と言おうとしたところで、目の前の大浦さんの顔がじわじわと赤くなっていることに気づいた。
「オレの……ビールのために考えてくれてたのか」
え、あ。もしかしてこの人照れてたのか?
嬉しくて、照れてただけなのか……??
大人って分かりにくいな。
「いや、すげー嬉しいけど……、でも、酒は後回しでいいからな。実はオレ、あんま酒癖良くないんだよな……」
言い辛そうにしつつも、大浦さんは尻すぼみになりつつある声で、なんとか最後まで言った。
「最年長者なのに、酒飲んでお前らに迷惑かけっと、マズいからさ……」
なるほど……?
飲みたいけど飲むと体面が保てなくなる……と?
そういう葛藤があっての難しい顔だったのか。
さっきビールの話が出たときも、ワクワクというより、どこか複雑そうな顔してたもんな。
「そうなんですね、わかりました。じゃあお酒を狙うのは後からにしますので、のんびり待っていてくださいね」
「おう、ありがとな」
俺の言葉に、大浦さんはどこかホッとした様子を見せた。
そっかー。
大浦さんは酒癖が悪いのか……。
……飲んだらどうなるのかな?
うちの父さんはぐちぐち小言が多くなるんだよな。
暴れるとかだと、ここだと止められる人もいないから確かに困るな。
泣き上戸とか笑い上戸とかだったら、ちょっと見てみたい気もするけど。
あ、でも池には柵もないし、酔って足を滑らせたりしたら危ないな。
俺は、安全対策が整うまでは酒を目指したマージはしない方向にして、ひとまずノートを閉じた。
計算したところ、俺のマージ可能回数の初期値は1000程度だったようだ。
マージごとに1ずつ減るとした場合、1000に12足りないので、多分アンマージの時にも消費するんだろうな。
アンマージを使ったのは全部で6回だから、1回のアンマージで2ずつ数字を使ったんだとしたらピッタリ1000で合う。
この辺は、次にアンマージする時に確認してみよう。
この数字……仮に『エネルギー』と呼ぼうか。
エネルギーの上限が1000だとしたら、俺は一日では1023回のマージが必要な11段階目まではいけないってことだな。
10段階目も一日では1回が限度だ。
……まあ、これは寝ると1000まで全回復すると仮定した場合の話だけど。
俺は今度こそ「『果物かご』のマージを最終段階まで進めてきますね」と大浦さんに伝えて席を立つ。
「オレはどこから手ぇつけっかなぁ」
そうか、大浦さんは当面の対応を予定していたトイレ問題が解決したから今は手が空いてるのか。
「あの、大浦さんは魚捕りってできますか……?」
「釣りじゃなくて……か?」
「はい、まだ今は釣竿もないので、果物の入っていたかごに布を張って網がわりにできないかな、と……」
「お前はまた色んなことを思いつく奴だなぁ」
大浦さんはうーんと考えるように視線を上げて、それから俺を見る。
「確かにあの池の魚は水面近くを泳いでたな、食うほどのサイズじゃなかったが、良平はマージする気なんだろ?」
ニッと笑って言われて、俺は「はい」と答える。
「よしわかった、オレはかごとザルで罠でも仕掛けてみるとするか。いくら小魚でもかごを振り回す程度じゃ捕獲は難しいだろうからな」
そういうものなんだろうか?
俺にはよくわからないけど、釣りが趣味だという大浦さんが言うならそうなんだろうな。
「この件はオレが引き受けた。夕飯までには間に合わせたいとこだな」
うん……?
もしかして、魚を食べる気でいるのか……?
「食べられるようなものになるかは分かりませんけど……、お願いします」
俺の言葉に大浦さんは不思議そうに瞬く。
草は確かに食べ物になったけど、それは多分あの草自体が食べられるものだったか、ヨミトキさんがあらかじめ配慮してくれてたからだと思うんだよな。
そうじゃなきゃ、草は草むらになったり木になったりしていく方が自然だから……。
というか木も欲しいんだよ。
今ある薪には限りがあるし、何より建材になるだろうからさ。
俺はひとまず食べ物の方をもう一段階上げたら、薪をマージしてみようかな?
総量が増えるといいんだけど……。
そこへ、厨房から桐谷さんが顔を出す。
「良平君ーっ、頼ってばっかで悪いんだけど、さっきの続きマージしに行こうよっ」
悪いと言いながらも、その表情は期待でキラキラしている。
うん、新しいものが何になるかっていうのは楽しみだよな。
俺もそうだから、よくわかる。
それに、あのマージの元の葉っぱは桐谷さんが全部集めてくれてたんだしな。
「はい、今行きますっ」
思わず駆け出してから、俺もここではよく走ってるなと思った。
「おう、後で結果教えてくれよ。桐谷、この厨房の道具をいくつか持ち出していいか? あとかごとザルも」
「ええー、かごとザル使っちゃうんですか? んー……いいですけど……、良平君、また作ってもらっていい?」
「はい」
「じゃあまた葉っぱ集めとくねっ」
そんな会話をしながら邸宅を出て、池近くの石材のあたりに向かう。
『果物かご』は1つは邸宅に持ち帰ったので、あと5つ残っていた。
ここからはサイズも大きくなるので、俺は5つの『果物かご』をスマホに取り込む。
さっき作っていた木箱を取り込むと『秋の実りセット』という名前が表示された。
そういえば秋野菜ばかりだったような気がする。
『果物かご』の方も秋の果物だった……。
逆にトウモロコシまでは夏野菜が続いていた気がするし、ここにも法則があるんだろうか?
「良平君?」
「あ、いえ、マージしますね」
俺は「マージ開始」と唱えて、光る指先で画面上の『果物かご』2つを『秋の実りセット』にする。
桐谷さんがグイグイ覗き込んでくるので、スマホを下げて桐谷さんにもよく見えるようにしつつ、俺は『秋の実りセット』を2つ重ねた。
あ……これは……。
「米俵だ!!!」
「出してみますか?」
「是非っ!」
ドスンッと音を立てて現れたのは、3俵積まれた『米俵』だった。
「ひゃーっ、やったぁーーっっ!! 米が食べられるぞーーーーーぅ!」
桐谷さんが踊っている。
何米かなぁと呟いた桐谷さんが、ハッとした顔で「食材鑑定」と唱える。
この人、一瞬喜びで自分の能力をすっかり忘れてたな。
「へえ、単一米じゃないんだ。ブレンド米みたい。ちょっともちもちなんだって、わーぁ嬉しいなぁっ、私もちもちのお米だーい好きっ!」
薄々気付いてはいたけど、桐谷さんは、本当に食べることが大好きなんだなぁ。
いつ見ても電車では食べ物の本を抱えてたし、そうなんだろうとは思ってたけど、調理師という職業を知ってからは、作るのも食べるのも大好きなんだなと思った。
それなのに、こんな、何ひとつ食べ物の無い場所に、知り合いでもなんでもない俺と大浦さんの食事を心配してついてきてくれるなんて……。
うん……、本当に、ありがたいなぁ……。
「あ、スイカ2つはトウモロコシにしますか?」
「そうだね、トウモロコシもやっと茹でられるようになったし、お願い。ザルも確保したいからねっ」
そうして、俺はトウモロコシの山1つと果物かごと木箱と米俵を厨房に運ぶことにして、桐谷さんと別れた。
桐谷さんはしばらくこの場で雑草を集めてから戻ってくるそうだ。
「ハッ、15時のおやつの時間っ!」
……どうやら、桐谷さんの腹時計が15時をお知らせしてくれたらしい。
思わず見上げた空は、ここにきた時とほとんど変わらない様子で、まだ昼にも遠い空の色をしている。
けれど確かに体感での疲労度は、学校を終える頃のものに近い。
もしかして、この世界も俺達の時計同様に、時が止まっているんだろうか。
それとも……。
いや、もしそうだとしたら、日が暮れた後が厄介なことになるな……。
この件については、また3人揃った時に相談することにして、俺はひとまず邸宅へと足を進めた。




