あまりに忍びなくて
厨房の隅に食材を並べて出して、邸宅の裏側へと回る。
そこは薪割り場のようになっていて、割られた薪が積まれていた。
うん、ここも面白いくらい薪の見た目が均一だな……。
一本手に取って、建物の影にならないところまで歩くと、地面に立て…………ようと思ったけど、硬いな、地面……。
「良平、こんなとこにいたのか。何やってんだ?」
声をかけられて顔を上げると、大浦さんがこちらに向かって歩いてきていた。
その手にはずっしりと重そうなエコバッグがある。
「これをここに立てたかったんですが、地面が硬くて苦戦してました……」
俺が正直に話すと「ふうん?」と首を傾げながらも、大浦さんは邸宅の裏側を眺めてから「ちょっと貸してみ」と俺に手を差し出した。
これだろうか、と持っていた薪を渡すと、大浦さんは大股でずんずんと邸宅の方に向かってゆく。
「そんな形じゃ刺さんねぇだろ、こうやって、先を尖らせてだな……」
丸太を輪切りにしたような作業台の上で、大浦さんは手斧で器用に薪を鉛筆のように削る。
「わぁ、大浦さんはなんでもできるんですね」
俺の言葉に、くすぐったそうに目を細めて大浦さんが言う。
「キャンプの薪割り体験で斧は使ったことがあるが、それっきりだな」
俺と大浦さんは、さっき俺が薪を立てようとしていた場所に戻る。
地面をガツガツと何度か蹴って、大浦さんは「地面が乾いてるな。水でもかければ少し刺さりやすくなるか?」と呟くと「これをマージして、バケツを2つ用意してくれるか」と俺の前にエコバッグの中身をザラザラと出した。
俺は『石ころ』をまとめてスマホに取り込む。
『セメント入りバケツ』を2つ作るには、いくらか多いな……。
「余った『石ころ』はどうしますか?」
「良平が困らないなら持っててくれたらいい。必要な時に使ってくれ」
「わかりました、ありがとうございます。セメントはスマホ内に置いておくので、また必要な時に言ってくださいね」
「ああ、助かる」
俺は『セメント入りバケツ』を2つ作ると「マージ終了」「アンマージ開始」と唱える。
エネルギー残量は481だ。
青く光る指先でセメント入りバケツをタップすると『セメント入りバケツ』は『セメント』と『バケツ』に分かれた。
エネルギー残量は479。
やっぱりアンマージにはエネルギーが2必要なんだな。
さっきの俺の仮説は正しかったようだ。
もうひとつの『セメント入りバケツ』もアンマージして、それからバケツを2つ出した。
ガラン、と金属らしい音を立てて現れた銀色のバケツを眺めながら、これがプラスチック製ならこれを元にもっと色々なものができそうだったんだけどな……と思う。
「ありがとな、お礼に水汲んできてやるから待ってな」
大浦さんはそう言うと、バケツを手に池へと駆けて行った。
「あっ、ありがとうございますっ。ゆっくりでいいですよーっ」
遠ざかる背中に思わず叫ぶと、大浦さんは片手を上げて応えた。
……けど走るのはやめないんだ……?
うーん、アグレッシブだなぁ。
俺も小学生の頃は何もなくても走って回っていたような気がするけど、高校生にもなれば、先生に「集合ー、ほら走れー」と言われたところで中々駆け出す気にもなれなくなっていたんだけど……。
今日は何度か走ってしまったので、明日には筋肉痛になってるかもしれない。
まあ、トイレのために『石ころ』を届けてくれた時の大浦さんほどの全力疾走はしてないけど……。
大浦さんって一生懸命でいい人だよなぁ……。
そんな事をぼんやり考えているうちに、大浦さんが駆け戻ってきた。
「ほれ、水だぞー、広がるからちょい避けとけよ」
バケツを傾けようとした大浦さんがピタリと手を止める。
「……その前に、それを立てる理由を聞いてもいいか?」
確かに、大浦さんに相談すれば、もっと良い方法を教えてくれるかもしれない。
「ええと、さっき桐谷さんがもう15時だって言ってたんです」
「あいつ、15時にも腹時計が鳴るのか……?」
それはわかりませんけど、と苦笑してから言う。
「俺ももう半日以上は活動した程度の疲労を感じてるし、時間も経ったと思うんですよね」
「それはオレも薄々感じてはいたが……」
「時間が止まっているのか、それともゆっくり進んでいるのかを確かめるのに、太陽の角度を記録しておこうと思ったんです」
「確かに、そいつは試してみるべきだな」
大浦さんはそう答えると、辺りを見回す。
「そんならもうちょい離れたとこの方がいいかもな。いや、全周調べなくても、動いてるかそうじゃないかだけわかりゃいいのか……?」
首を捻る大浦さんに俺はニッコリ笑って言う。
「後々でも日時計を作ることになるようなら、最初から適した場所がいいかも知れませんね、大浦さんが場所を選んでくれると助かります」
やっぱり大浦さんは頼りになるなぁ。
ひとりじゃなくて本当に良かったよ。
「おう、そんじゃ、あの辺に立てるか」
大浦さんはちょっと照れくさそうに頬を指で掻いてから、もう少し向こうを指してそう言うと、バケツを持ち上げ直して移動した。
こうして、俺達は薪をなるべくまっすぐ立てて、薪の位置に石ころでガリガリと線を引いた。
「後でこの位置にレンガを置いとくから、桐谷見かけたら地面にあるレンガは動かさないように言っといてくれ」
「はい、わかりました」
「じゃあオレは仕掛け作りに戻るな」
「ありがとうございました。頑張ってください」
「おう」
また後でな、と手を振って走り去る大浦さんの背を見送ってから、俺はまた邸宅の裏に戻って薪を手にする。
6本まとめてスマホに入れて、マージしてみる。
『薪』と『薪』を重ねると『木材』になった。
……なんだか退化しているような気もするけど、総量は増えているか。
少なくとも薪を木材にして、また薪割りをして、木材にして……を繰り返せば、薪がなくなる心配はなさそうだ。
薪割りは大浦さんにお願いできそうだしな。
俺は『木材』を3つ作ると『木材』同士をマージする。
出来たのは『角材』だった。
なるほど、このマージチェーンは『石ころ』みたいに建築系に進むのかな?
負担の少ない7段階目まで進めてみようか?
俺はエネルギーの残量をチラと見る。
残りは473だ。
一応9段階を1つ出せるだけの……255は残しておくとして、大浦さんが魚を取ってくれればそっちにも7段階分は残すとして63か、そうなると残りは155だな。
うーん……、エネルギーが全回復なら使い切りたいところだが、そうじゃなかった場合、明日が困るよな。
もう一段階だけ確認したら、薪のマージは今日のところは終わりにしようか。
俺はスマホにさらに2本の『薪』を入れて『木材』を作り、『角材』にして4段階目を作る。
出来たのは『板材』だった。
『板材』かぁ……。
この後は壁になって、木製の小屋になるのかな?
そんなことを考えていたら、桐谷さんに呼ばれた。
「良平くーんっ、ちょっといい?」
「はーい、今行きます」
邸宅の裏口から顔を出して手を振る桐谷さんに応えて、俺は邸宅に戻る。
さっきの薪を立てた話をしようとすると、桐谷さんは笑って言った。
「あ、それさっき大浦さんから聞いたよ、良平君は色んなこと考えついてすごいねぇ」
いや、このくらいの事は俺じゃなくても、2人もすぐ思いついたと思うけど……。
せっかく褒めてくれたので、俺は「ありがとうございます」と答える。
「それで相談なんだけど、顔を洗ったり手を洗ったりするのに、ミネラルウォーターまではいかなくても池の水よりマシな水が欲しいんだよね。どうかな? なんとかならない……?」
なるほど。
今度は飲用ではない浄水か……。
「わかりました。やってみますね」
「えっ、何、もう何か思いついたの!?」
桐谷さんが元からつぶらな瞳をさらに丸くする。
桐谷さんって、ちょっと太めの下がり気味の眉と、くりっと小さな瞳がなんとも可愛らしい印象だよな。
「ええと、桶とか洗面器みたいなものが2つあれば、なんとかなるかなと思って……、洗面所に行ってみようと思ったところです」
「そうなんだ!? じゃあ私も一緒に探すよ!」
「俺だけで大丈夫ですよ、桐谷さんはお料理中だったんじゃないですか?」
「……ミネラルウォーターで手を洗うのがあまりに忍びなくて、葛藤してるとこだった……」
桐谷さんがなんとも複雑そうな顔をするので、俺は思わず笑ってしまった。
あ……。
失礼だったかな、と、焦りつつ桐谷さんを見ると、桐谷さんは目を丸くして俺を見ていた。




