あ、調理完了!
「良平君、笑うと可愛い!」
え……?
「あ、ありがとうございます……?」
あははと笑って答えると「愛想笑いじゃない方のやつね」と言われてしまった。
そんなに違う顔じゃないはずだけどな……。
邸宅を探し回った結果、俺達はホーローの洗面器を2つ使うことにした。
「これはこれで……野菜を洗ったりするのにも便利そうだし惜しいんだけど……っっ」
最後まで苦い顔をしている桐谷さんに、俺は苦笑して言う。
「どうしてもまた欲しければ、『二階建ての石造りの邸宅』をまた作りますからね」
「この家を丸ごと幾つでも作れちゃうって、良平君の能力は本当にチートだよね……」
「そういえば、桐谷さんは調理スキルって使ってみたんですか?」
俺の言葉に、桐谷さんの目が点になる。
……忘れてたのかな。
「つ……、使ってみる!」
グッと握り拳を作る桐谷さんに付き添って、俺も厨房に向かった。
「えーと……あれよ、まずはご飯よね!」
俺にはわからないけれど、調理師さんがまずはご飯だと言うならそうなんだろう。
厨房の隅に積まれた米俵は、すでにそのうちの1つが立てられて上部が解かれていた。
「こういう大きな米俵だと、昔は竹筒をグサーッと刺して、そこから中身を出してたらしいんだけど、ここには竹とかないしねぇ」
おお、俺の知らない知識だ……。
桐谷さんも食べ物に関しての知識量は凄そうだな……。
何しろあれだけ毎日電車で料理関係の本を読んでた人だからな。
「厨房に置いとくと湿気っちゃいそうだし、できればタッパーとかビニール袋に小分けしたいんだけどなぁ……」
そう言いながら、桐谷さんは「調理開始」と唱えて、オレンジ色に光る手で米俵に触れる。
「ぁー……俵じゃだめかぁ……」
呟いた桐谷さんが「調理終了」と唱えて、嫌そうな顔で人差し指だけをチマチマとミネラルウォーターで洗った。
もう一度「調理開始」と唱えた桐谷さんが光る人差し指で米に触れる。
米は白くツヤツヤしているので、完全に精米されているようだ。
「材料登録、3合」
おお、出来てるっぽいのか?
目の前で、米がいくらか減ったような気がする。
あまりに量が多くてよくわからないけど……。
桐谷さんはそのままボウルに分けられていたミネラルウォーターにも指を突っ込んで「材料登録、540ml」と言った。
それからしばらく固まって、困った顔で言う。
「うー……、なんかレシピを入力してくださいって言われてるんだけど、どうしたらいいんだろう……」
ここも入力が必要なのか……。
「音声入力できますって言われてるけど、手順を言えばいいのかなぁ?」
「あ、きっとそうですよ、ご飯を炊くまでの過程を説明すればいいのかもしれませんね」
そう考えると、大浦さんや桐谷さんのスキルはかなり自由度が高いな……。
俺のスキルは簡単に使えるけど、何が出来るのかはやってみないとわからない。
俺が決めることはできないもんな。
「まずはお米を分量外の浄水で研いで……」
そこまで言った桐谷さんがガックリしながら「調理終了」と唱えた。
「浄水を登録してくださいって言われたぁぁぁ」
うん、そんな気はしてた。
「これならもう私が炊けば良くない!?」
「でも土鍋とかがいるんじゃないですか?」
「鍋でも炊けるよ! ハンゴウでだって炊けるでしょ!?」
言われてみればそうか……。
「じゃあ……とりあえず、水を汲んできましょうか」
俺が洗面器を持ち上げて言うと、桐谷さんは「そうするぅぅ」としょんぼり答えた。
水差しの前例があったので、俺達は洗面器に汲んだ水をスマホから一旦食堂に出した。
厨房でやらなかったのは、米がうっかり水没しないようにという配慮からだ。
「マージ開始」
俺は唱えてなみなみと水を湛えた洗面器同士を重ねる。
「うわっ!?」
反射的に飛び退く。
一瞬遅ければ、浸かるところだったな……。
「お風呂!?」
俺達の前に現れたのは、なみなみと水を湛えたバスタブだった。
「食材鑑定」
唱えた桐谷さんがさっき洗っていた人差し指を突っ込む。
「……お湯だよ……」
「まあ、お風呂ですからね……」
……それにしても、
ほかほかと湯気を出すバスタブは、おおよそ食堂には似つかわしくないな。
「でも十分飲めるお水だし、軟水だから米を炊くならこっちの方がいいね。水差しのミネラルウォーターは硬水だったのが気になってたんだぁ」
そう言うと、桐谷さんは嬉しそうに厨房からボウルとカップを持ってきて、お風呂のお湯をせっせと汲み始めた。
風呂の湯で炊かれたお米と言うとなんだか微妙な気がするけど、この風呂には誰も入ってないんだし、セーフだよな……?
「大浦さん、これ見たらびっくりするよねぇ」
あははと笑う桐谷さんはご機嫌だ。
「食堂にバスタブがあったら、誰でもびっくりしますよ」
俺はそう返しながら、彼女の望むたっぷりの水(いやまあ今はお湯だけど、冷めれば水)を手に入れることが出来てよかったと胸を撫で下ろした。
「じゃあ今度こそっ! 使ってみせる! 私の調理スキルを!」
大きな鍋とボウルにたっぷりのお湯を冷まして用意した桐谷さんが、フンスと鼻息荒く宣言する。
俺は後ろから「おおー、頑張ってください」と拍手と声援を送った。
俺ひとりじゃ流石に盛り上げ切れていないが、ここには全人口が3人きりなので仕方ないな。
さっきと同じように米を登録して、水を登録する。
おお、水が根こそぎ消えたぞ。
サラサラとレシピを唱える桐谷さんは迷いがなくてカッコイイ。
きっと本人が作る時もこんな風に手順よく進めるんだろうな。
「そのまま10分蒸らしたら、蓋を開けてしゃもじで底から返すように混ぜて、余分な蒸気を逃すと完成です!」
言い切った桐谷さんが、慌てて一言付け足す。
「あ、調理完了!」
すると、桐谷さんの手の中に、土鍋が出てきた。
「土鍋も来たんだけど!?」
それは俺も気になってた。
だって桐谷さんが普通に土鍋にって言い出すから、その土鍋はどうなるんだろうなって。
「あちちっ」
まだ熱かったらしい土鍋を桐谷さんは慌てて調理台に下ろす。
布巾を手に蓋を取ると、中には米を混ぜたらしきしゃもじもあった。
「しゃもじだーっっ! アチチチチッ」
そりゃまあ、熱々の土鍋の中に閉じ込められてたからな、しゃもじ。
「大丈夫ですか? 水を汲んできましょうか?」
「だいじょぶだいじょぶ、調理師って皆手の皮厚いんだよ。料理長なんて揚げ油に指突っ込んでることあるからね」
……それは人間ではないのでは?
「あーーーん、悔しいっっ、これならお茶碗によそうってとこまで言っとけばよかった!」
ああ、そうすればご飯茶碗も一緒に出てきたかもしれないって事か。
「もう一回やってみますか?」
「ううん、今回はしょうがないからお皿に盛るよ。再挑戦はこれを全部食べ終えたらね」
なるほど、食べ物を粗末にしないって事か。
確かにここには冷蔵庫もないし、過ごしやすい気温とはいえ寒くはないので、腐るのは早そうだよな。
「けどすごいスキルですね。調理時間も短縮出来るし、材料さえあれば道具は無しでも出来るみたいですし」
「どころか調理器具は私が思った通りのが出てきたからね!? すごいよねっ!」
「きっとヨミトキさんが頑張ってくれたんですね」
「ヨミ……? あ、神様か、そんな名前だったっけ?」
その反応、大浦さんと同じだな。
「次は絶対箸と茶碗も出して見せる……、軽くて薄くて綺麗な上等のやつ……」
あのメーカーがいいか、こっちの焼き物にしようかとブツブツ呟く桐谷さんは、すっかり自分の世界に入っている。
でも幸せな悩みみたいで、良かったな。
ご飯の炊ける良い匂いに、なんだか急激にお腹が空いてきてしまった。
今は何時くらいなんだろう。
そこへ、玄関ホールから「今帰ったぞー」と声がする。
なんだかあまりにも『家に帰ってきた』みたいなセリフに、思わず笑みが浮かんでしまう。
俺は、彼が俺を探し回る前にと、慌てて玄関ホールへ顔を出した。
「大浦さん、おかえりなさい」
「おう、ただいま。魚いっぱい獲れたぞ!」
差し出されたバケツの中には、メダカサイズの小魚が30匹ほど泳いでいた。




