試してみたい事
「おおおっ、ぶどうに梨だぁっ!」
桐谷さんが両腕を振り上げて歓声をあげる。
「柿に……栗も入ってんな」
大浦さんも満足げに微笑んでいる。
現れたのは果物がぎっしり入った果物かごだった。
「かごがアンマージできそうですね、やってみますか?」
「えっえっ、えーと、これは2個出来るんだっけ?」
「はい」
「えーーっと……」
悩む桐谷さんに、大浦さんが言う。
「まあ先に8段階目まで拝んでみようや」
大浦さんの提案に「そうですね」と頷いて、俺は『果物かご』を8つ作る。
「あんなに沢山の葉っぱが、もうこれだけに……」
どこかしょんぼりした様子の桐谷さんに、俺は苦笑する。
「桐谷さんが沢山集めていてくれたから、新しいものが作れて楽しいです」
「良平君……っっ、優しい……っ」
俺は緩んでしまいそうな頬を堪えて「7段階目を作りますね」と声をかけた。
『果物かご』は片手で持つのが辛いくらいの重さだから、次はもっと大きいものになりそうだな。
小石だと家が出る段階だしな。
そう思って、少し場所を空けておいて正解だった。
『果物かご』を重ねて現れたのは、そこそこ大きな木箱だった。
「木箱か、椅子がわりになりそうだな」
「中身はっっ!? 中身は何がっ!?」
「今開けてっから急かすなって」
木箱の蓋は乗っているだけだったようで、大浦さんが持ち上げると簡単に開いた。
「おおお」
「ひゃーっ、宝の山だーーーっっ!!」
桐谷さんが大喜びで取り出している。
中には、かぼちゃ、さつまいも、レンコン、里芋、ニンジン、ゴボウ、ジャガイモ、キノコ類が入っていた。
「これだけあれば……、後は調理器具と火種と、薪と……」
「いやまだ足りないもんが多過ぎだろ」
「まずは飲料水を確保しなきゃ……」
「建物としては、まずトイレだな……」
「うっ、トイレ!! 言わないでぇぇぇぇ、せっかく尿意を忘れようとしてたのにっ!」
半べそで訴える桐谷さんに俺達はギョッとする。
「スイカも食べたし、そりゃ催すよな……」
腕を組んで深く頷いた大浦さんが、俺の建てた家を指す。
「幸いこの開けまくった大地にも、良平のおかげで唯一の物陰が誕生したからな。俺らはこっちにいるから、向こうでしてこい」
「ぅー……、ぅぅぅ…………、やっぱり、それしかないのよね……」
「そうだなぁ、場所だけでも指定しとくか。あ。バケツに汲み取るか……?」
「ぅぅ、汲み取られたくない……」
「つっても、このなんもない世界では糞尿も立派な資源だぞ?」
「くっ……。でも、野菜を育てるにも肥料が……いるのは確かなのよねぇ……」
現実を受け入れ難い様子の桐谷さん。
この人は俺達の身を案じて、こんなところまでついてきてくれた人だ。
できれば、桐谷さんには精神的な苦痛を強いたくないな……。
俺はおずおずと提案する。
「あの、もしもう少しだけ我慢できそうなら、家をもう1段階大きくしてみましょうか?」
「ぇ?」
こちらを見た桐谷さんは半べそだった。
その表情に、ずしんと罪悪感を覚える。
「今は『石造りの家』と『石壁』がそのままあるので、あと『石ころ』が32個あれば家をもう1段階上げられます」
「……そしたらトイレもあるかもって事?」
「もしかしたら、ですが……」
「わ、私そこにかけてみたい!」
グッと両手に拳を握って桐谷さんが言う。
「分かった、32個だな? すぐ拾ってくる!」
大浦さんが瞬時に荒野の方へと駆け出す。
その背中を桐谷さんが追う。
「私も行く! じっとしてるより動いてる方がマシだから!」
……それは結構切羽詰まってそうだな……。
「じゃあ俺は向こうで準備しときますね!」
2人の背中に叫んで、俺も駆け出した。
これでトイレが出なかったらかなりガッカリさせてしまうだろうなぁ。
俺は「トイレがついてる家になりますように」と願いながら、家の場所まで戻ると、地面に出たままの『石壁』を補助アプリに取り込む。
『石造りの家』も入れようと思ったものの、この距離じゃ枠内に入らないな……。
んー……?
ここでもまだ入らないか……。
家は結構大きいから、かなり後ろに下がらないと枠の中に全部は入らないな。
よし、やっと取り込めたぞ。
俺が手間取っているうちに、こちらへと駆けてくる足音が聞こえる。
振り返ると、俺のすぐ隣に駆け込んできた大浦さんがザッと袋の中身をひっくり返した。
桐谷さんはまだこちらに向かっている途中だ。
大浦さんは全力で走ってきたのか肩で息をして、額には汗が光っている。
「こ……これっ……」
「はいっ!」
俺はすぐに『石ころ』をまとめて補助アプリに取り込んでみる。
マージ画面に『石ころ』がずらりと並ぶ。
やっぱり、まとめて取り込めるんだな。
『石ころ』はひとつ多くて33個だった。
それを16個の『ひと塊の岩』にして、8個の『石材』に、4個の『レンガの山』、2個の『セメント入りバケツ』を『石壁』にすると、あらかじめ入れておいた『石壁』とマージする。
そして『石造りの家』と『石造りの家』を重ねる。
頼むぞっ!
トイレ付きの家になってくれよ!!
出来上がったのは『二階建ての石造りの邸宅』だった。
「大浦さん、出すので下がっててください」
俺は、縦横の数値を見ておおよそ必要な範囲を確認すると、それを取り出した。
ドズズズン……ッッ!!!
おお……、二階建ての建物ともなると、地響きも迫力があるな……。
そこへようやくこちらに辿り着いた桐谷さんが「トイレぇぇぇぇ!!」と叫びながら両開きの扉をバンッと勢いよく開けて邸宅へと駆け込む。
「すごいな、二階建ての屋敷か」
邸宅の外観をじっくりと見上げていた大浦さんが、ハッとした顔をして宅内へ駆け込む。
「トイレがあったとしても、ここに上下水道はないだろ……!?」
言われてみればそうだ。
ということは……。
「トイレあったぁぁぁぁっっっ!!」
邸宅に足を踏み入れた途端、桐谷さんの歓喜の叫びが聞こえた。
バタンっと扉の閉まった音がしたのは、玄関ホールの右手側だ。
「うおお……、これは立派な作りだなぁ……」
確かに、玄関ホールは2階まで吹き抜けになっていて、まるでどこかの貴族の邸宅みたいだ。
ホールの右側にも左側にも扉が並んでいて、部屋数も多そうだな。
「ちょっと見て回ってきていいか?」
ワクワクが抑えきれない様子の大浦さんを「どうぞ、ごゆっくり」と見送る。
俺も宅内は見て回りたいけど、それは桐谷さんの様子を見てからにしよう。
しばらく待つと、パタン……、と力なく扉が閉まる音がして、桐谷さんがとぼとぼとやってきた。
「結局汲み取りだった……」
やっぱりそうか……。
「でも、個室だったし、洋式便座だったし。……ありがとうね」
少しだけ気まずそうに、桐谷さんが小さく微笑む。
「あの、汲み取りは俺やりますから、気にせず使ってくださいね」
俺に出来るのはこのくらいのことだけど、少しでも桐谷さんの負担を減らせるといいな。
「わぁん、良平君が本当良い子だよぉ……」
へにゃっと泣き笑いみたいな顔をした桐谷さんが言う。
そこへ、2階の廊下から大浦さんの声がした。
「2階にもトイレあったぞー。やっぱ汲み取りだけどな」
大浦さんが瞳を輝かせて「二人とも上がってこいよ!」と言うので、俺たちは石の階段を上がってゆく。
「この家すごいぞっ、各部屋に家具が入ってんだよ!」
「あ、そういえば1階にも布団みたいなのが沢山積まれた部屋があったよ」
2階には、客間らしきよく似た設備の部屋が2部屋あった。
部屋にはベッドにソファにテーブルに鏡台とホテルの一室のような設備が揃っていた。
「わぁーーっ、すごーーいっ。これで寝る場所には困らないねっ」
「10畳部屋が2つな、それにこっちが納戸、5畳ってとこだな。んでこっち側が執務室……私室って感じか? んでこっちの広い寝室が主寝室だな、16畳くらいありそうだ」
「うーーわぁ、ベッド広ぉーーっ。ふっかふかーーぁ!」
桐谷さんが、豪華な天蓋のついた大きなベッドにダイブしている。
よかった、桐谷さんがニコニコに戻ってくれて。
「おい、靴のまま上がるなよ」
「大丈夫大丈夫、足あげてるから!」
「土落ちてんじゃないか、玄関で落としてから来いよ」
「何せ急いでたもので……」
桐谷さんがテヘペロっと苦笑するので、大浦さんはうんざりとため息を吐いた。
「そんじゃこの部屋は桐谷が使うか? オレと良平は向こうの客間でいいよな?」
「はい」
笑顔で頷くと、桐谷さんがあわあわと慌てる。
「えっ、でもこの家は良平君が建てたんだし、良平君がこの部屋を使うべきじゃない?」
「俺はさっきの部屋で十分すぎるくらいですよ。桐谷さんが気に入ったならぜひここを使ってください」
「うっ……良い子……っっ」
「1階行くぞー」
大浦さんの声に、俺達は「はーい」と答えてついていく。
1階には、玄関ホールの他に、厨房、食堂、書斎、応接室、使用人室、トイレ、洗面所と、裏口があった。
「すーっごい! うちの職場の厨房より広いかも!? ああーっ、食器がある! かまどに……あっ、薪も!」
「食堂は椅子がいっぱい並んでますね」
「使用人室には寝具が結構あるぞ」
「でもお風呂は無いんですね」
「風呂は無いだろうなぁ。水源も無いしな」
「厨房にも水道は無かったのよねぇ、せっかく鍋も火も使えるのに、水さえなんとかなれば……」
「池の水を汲んで煮沸してみるか?」
「あ、それなら俺、試してみたい事があるんですけど、ここのカップをいくつかもらってもいいですか?」




