どうか助けてくださいっ
「そんなん布団がありゃ全裸でも寝れるだろ?」
大浦さんは、なぜか当然みたいな顔で答えた。
俺の脳裏に、ドラマとかでたまに見る、男女が全裸で同じベッドで目覚めるシーンがよぎる。
あれって、ドラマ用の演出とかじゃなかったのか……?
本当に全裸でそのまま寝るもんなのか……?
「あっ、ちょっ、良平君!? 大浦さんが特殊なだけだからねっ!? 私は全裸で寝たことないし、普通ないと思うよ!?」
「そうかぁ? でもほれ、ドラマとかでも良く……」
「わーーーーーーっ!! 良平君はまだ高校生なんだからっ!!」
「高校生って何歳だ? 18超えてねぇんだっけか」
「俺は16歳ですね」
「うおっ、オレと15も違うのかよ……。つーか良平はまだオレの半分くらいしか生きてないのか……」
そんな、愕然とした表情で俺を見るのはやめてほしい。
俺は別にそこまで幼いつもりはないんだけどな……。
「それに、ああいうドラマのシーンは嘘だから。ただの演出だから。普通は終わったらちゃんとお互い服着て寝るから。何も知らない子にそういう嘘を信じ込ませるようなことやめてあげてよねっ」
ああ、そうなんだ。
それを聞いてちょっとホッとした。
まだ自分にはそういう予定はないけど、本当にそうだとしたら、お腹が冷えそうだなと思ったので。
「!?」
安堵した俺に代わって、今度は大浦さんが大きく動揺している。
「そ、そうなのか……? オレはてっきりそういうもんかと……」
桐谷さんがゲンナリした顔で「ぇぇぇ……」と呻く。
「なんでそんな勘違いを……って、大浦さん結構モテそうなのに、実は未経験だったりする……? だとしたら、ちょっと悪い事言っちゃったかも……」
「いや、俺は………………」
大浦さんが、急に言葉を失うようにして俯いた。
その表情がどこか苦しげで、俺はなんだか焦ってしまう。
それは桐谷さんも同じだったのか、慌てるようにして両手を振った。
「ああその、無理に答えなくていいよっ、プライベートだし、踏み込んじゃってごめんっ!」
バッと桐谷さんが勢いよく頭を下げて、それから俺に話しかけてくる。
「私も後で下着っぽいのを自分で縫ってみるから、材料の布と裁縫箱をもらっていいかな?」
「あ、はい。じゃあシーツを1枚作りますね」
俺はタオルをバスタオルにしてシーツを作ると、桐谷さんに手渡した。
「じゃあ、今日のところはこれで解散にしよっか。あ、2人って普段朝は何時に起きてる? 私は5時半に起きて6時に朝ご飯食べて、50分に家を出るんだよね」
「俺は6時に起きて、7時過ぎに出てますね」
「……オレは、5時50分に起きて、6時半に家を出てるな。駅までチャリで15分かかる」
「良平君は駅から近いんだねぇ」
「走れば5分くらいですかね」
「大浦さんはその時間で朝ご飯ちゃんと食べてる?」
「一応、コーヒーとトーストとヨーグルトは毎朝食ってる」
「毎日同じもの食べるタイプの人かぁ」
「考えんのが面倒でな、あとはフルーツとかサラダとか、コンビニで買ってることもあるな」
「良平君は? 朝からしっかり食べる方?」
「えーと……」
うちの朝ご飯は、母の気分によってガッツリだったりトーストと目玉焼きだったりまちまちだ。
「いや詳しく聞きたいってことじゃないんだけど、朝食を何時にどのくらいの量作ろうかなと思ってね」
「ああ、そういうことなら俺は多くても少なくても大丈夫ですよ。元々、日によってまちまちなので」
「なるほど、良平君家の朝食は、シェフの気まぐれメニューなのね」
「あはは、そんな感じですね。トーストの日もあるし、唐揚げが出る日もあるし、お弁当のおかずの卵焼きとか、余った端のとこが出ることもよくあります」
「そかそか、お弁当持ってきてたもんね。バランスよく入ってた良いお弁当だったよね」
母の作ったお弁当をプロの料理人に褒められるというのは、なんだか妙にくすぐったい気分だ。
「じゃあ、明日は6時過ぎに朝食に呼ぶね」
「わかった。手伝えることがあれば、早めに起こしてくれ」
大浦さんの言葉を聞いて「あ、俺も、早く起こしてくれて大丈夫です」と口にする。
「ありがと。じゃあ遠慮なく、何かあったら起こしに行くね」
にこっと笑って桐谷さんが言った。
……だから、いつもより早く起こされる可能性はあると思っていたし、「良平君っ、良平君起きて!」と桐谷さんに起こされるのは理解できた。
だけど、俺を起こしにきた桐谷さんの、次の言葉は、まるで理解できなかった。
「良平君っ、大浦さんが女の子にボコボコにされてるの!」
……どういうことだ?
そもそも、ここに女の子は桐谷さんしかいないはずだ。
「外を見て!」
窓が開けられた気配がして、外から涼しい空気が入ってくる。
俺は眠い目を擦りながら起き上がって、靴を引っ掛けて窓まで行く。
そこでは、大浦さんが地面にうつ伏せに倒れていた。
しかも、倒れた大浦さんの背中を、俺とそう変わらない年頃の女の子が踏みつけている。
女の子は遠目から見ても色の濃い肌をしていた。
金茶色の長い髪はポニーテールのように高い位置で結ばれている。
女の子は何かをしきりに叫んでいるが、その言葉は日本語でも英語でもなく、意味がわからない。
「くそっ、足をどけろ!」
大浦さんの言葉に、少女は大浦さんを見下ろして眉をしかめた後、さらに体重をかけたようだ。
大浦さんの苦しげな呻き声が聞こえた途端、俺は思い切り叫んでいた。
「何してるんだ! 大浦さんを放せ!」
少女と大浦さんと、ヨミトキさんの瞳が一斉にこちらに向いて、俺はヨミトキさんもいたのか、と思った。
「あああ、少年良いところに……っ、どうか助けてくださいっっ」
ヨミトキさんが縋るような瞳で俺へと両手を差し伸べると、俺はふわりと宙に浮いて、2階の部屋の窓からそのまま地上のヨミトキさんの隣に着地した。
……びっくりした……。
少女は、突然空を飛んできた俺を警戒しているのか、俺をじっと睨んでいる。
俺でも、急に人が飛んできたら驚くよ。
この隙に、俺はヨミトキさんに尋ねた。
「あの、どういう状況なんですか?」
「それが……、休憩から戻ってきたところ、皆さんお休み中のようだったので、今のうちに少しでも出来ることをと思って、地球から新しい方をお連れしたところだったんです」
「それって俺達がいたところとは別の場所からって事ですよね」
「よくお分かりですね? 今回はなるべく強い方をとご紹介いただいたんです」
誰の紹介だろう、とは思ったものの、俺はまず肝心なことを伝える。
「あの、彼女と俺達とは使用言語が違っていて意思の疎通ができません。翻訳をお願いできませんか?」
「ええっ、そうだったんですか!?」
ヨミトキさんは気づいていなかったのか……。
そもそも神様には言葉の壁なんて概念がないのかもしれない。
ヨミトキさんがサッと両手を振ると、キラキラとした輝く粉が辺りに舞った。
少女はそれに気づくと、一瞬で相当な距離を飛び退る。
それを見たヨミトキさんが「あれ?」みたいな顔をして、少女の方に片手を翳した。
ブワッと輝く粉の塊が少女に向かう。
それを少女がまた間一髪で避ける。
俺は、今のうちにと大浦さんに駆け寄った。
「大浦さん、大丈夫ですか!?」
「いっ、てて、いててて……、っ、まあ、なんとかな……」
しかめ面で、大浦さんがなんとか起き上がる。
「怪我はありませんか?」
「あちこち擦り剥いちゃいるが、骨が折れたりはなさそうだ」
「な……、なんで彼女は避けるんでしょうか……?」
困った様子のヨミトキさんの声に顔を上げると、2人はまだキラキラの粉で追いかけっこを続けていた。
少女はもう遥か遠くにいる。
「そのキラキラがなんなのか、ヨミトキさんが彼女に説明をしてないからだと思いますよ」
俺が言うと、ヨミトキさんはびっくりした顔をした。
「そんな……。私が授けるものは、皆祝福だと思ってくれるものとばかり……」
「あの、俺の言葉は彼女に通じるようになったんですか?」
「はい、お二人には自動翻訳という祝福を授けましたので、あらゆる言語が自動的に翻訳されます」
「大浦さんっ、生きてる!?」
俺は、邸宅から駆け付けてくれた桐谷さんを掌で示して「彼女にも同じようにお願いします」とヨミトキさんに頼む。
ヨミトキさんは優しく微笑んで応えると、無言のまま光を降らせる。
いや、そこで言葉が必要なんだよ?
桐谷さんは一瞬驚いた顔をしたものの「翻訳の祝福だそうです」と俺が言うと、なるほどという顔をした。
荒野のあたりまで下がってこちらの様子を伺っている少女を遠目に見ながら、俺達はヨミトキさんから詳しい話を聞く。
「最初に来ていただいた皆様は、主に頭脳労働をなさる方々かと思いましたので、次は力が強く戦いに向いた方をお迎えするのが皆様の為にもよいかと思いまして、また地球の神様にご相談に行ったんです」
「また?」
大浦さんの問いに、ヨミトキさんが頷く。
「はい、最初の時も、地球の神様にご紹介いただいたんです。何もない辺鄙な別世界に、報酬も出せないけれど来てくれるような、優しい人の心当たりはありませんか、と」
ヨミトキさんの言葉を聞いた大浦さんと桐谷さんが俺を見る。
え? 俺?
「そうしたら、この車両に居る者の中に、とても心根の清く優しい者がいると教えてくださったので、私はその車両の中の人達に声をかけた次第でした……」
確かに丸ごと車両ひとつ分ほどの人が呼ばれてたな。
「そんじゃ、あの子はオレ達の仲間にするため連れてきたのか?」
いつの間にか、大浦さんはヨミトキさんにタメ口になってるな。
「はい、そうなのですが……なぜかここに着いた途端に話が違うと怒り出してしまいまして……」
「神様はあの子になんて言って、ここに連れてきたんですか?」
そう尋ねる桐谷さんは、まだ敬語ではある。
「あなたの類いまれなる力を見込んで、お願いがあります。と言いました」
「続きは?」
大浦さんが促す。
「新しい世界で、あなたの力を存分に振るってみませんか? と誘ったところ『美味いもんがたらふく食えて、いい生活ができるなら乗ってやる』と言われました」
「……それで、神様はなんて答えたんですか?」
桐谷さんの言葉に、ヨミトキさんが答える。
「あなたの頑張り次第で、いくらでも良い暮らしができますよ、と答えました」
俺達は3人揃ってため息をついた。




