オレだけタダ飯食いになっちまうだろ
「やったぁ、出来てる! カチカチに凍ってるよーっ!」
氷をツンツンとつついて歓声を上げた桐谷さんが、容器を俺と大浦さんに見えるように差し出してくる。
2cmほどの厚みの氷が、しっかり完成してるみたいだ。
「水筒に入れてやるなら製氷皿で作る方が良かったんじゃないのか?」
「え? あ……。ああー、……そうだねぇ……」
どうやらそこまでは考えてなかったらしい。
「だっ、大丈夫っ、このくらいの氷なら割れるから!」
1cmくらいならともかく、2cm厚の氷はなかなか難しそうな気がするけど……。
桐谷さんは、すりこぎか麺棒かわからない棒状の物を取り出すと、「はぁっ!」という裂帛の気合いと共に氷を叩き割った。
バキッッ! という破壊そのものを示すような音が厨房に響く。
桐谷さんって、有言実行の……ツワモノ感があるな……。
「桐谷強ぇな……」
大浦さんの呟きに、思わず「ですね……」と同意すると、桐谷さんが慌てて言い訳をする。
「違うのよ!? 料理には体力とパワーが必要なのよ!」
それってつまり、調理師の桐谷さんには料理に必要な体力とパワーがあるって事で……。
……どこも違ってない気がする。
「オレ、これから桐谷には逆らわないようにするわ」
大浦さんの言葉に「俺もそうします」と同意する。
元々、逆らうつもりもないけれど。
「オレ、洗いもん済ませたら腹ごなしに荒野まで石を拾いに行って、それから寝ようと思うんだが、この家って鍵とかどうなってんだ?」
「必要ないんじゃない?」
「泥棒どころか、野犬もいないわけですからね……」
「それもそうか」
「大浦さん外行くつもりなら今のうち行っておいでよ、洗い物は私やっとくから」
「いやそれは悪い。オレだけタダ飯食いになっちまうだろ」
大浦さんの言葉に俺と桐谷さんが目を丸くする。
「そんなこと気にしてたの?」
「そんなこと気にしてたんですか?」
俺と桐谷さんに同時に聞き返されて、大浦さんがバツの悪い顔をする。
「いや、だってオレだけ役に立つスキルもまだ使えてねぇしさ」
「トイレがなくてピンチの時、大浦さんが全力ダッシュしてくれなかったら危なかったし、火を起こすのも私じゃ無理だったから、誰も大浦さんを役立たずだなんて思ってないよ、ねー?」
「はい、もちろんです。石を拾ってくれたり、魚を取ってくれたり、あ、薪を立ててくれたのも大浦さんでしたよ」
「ぅ、いや……、別にお前らに役立たず認定を受けてるとは思ってねぇけどさ、自分で、あんま役に立ててねぇなって思ってるだけだ」
「そんなの、まだ初日なんだし、気楽に行こうよ気楽に」
「そうですよ、それに色んな専門知識を持ってる大浦さんが役立たずなんて言われたら、何も知らない俺なんてもっと役に立たないじゃないですか」
俺の言葉に2人はバッと俺を見て「「それはない」」と声をハモらせた。
……え?
そうだろうか。
俺も、2人やヨミトキさんの役に立ててるならいいな。
そう思ってから、俺はさっき考えていた服作りに関する案を出してみた。
腰に巻いたタオルは、はたして下着とみなされるのかどうか、という件だ。
「やってみればいいんじゃねぇか?」
「うんうん、試してみようよ。私も下着の替えは欲しいけど……、裁縫って上手くないんだよねぇ……」
結局、洗い物は大浦さんが洗って、桐谷さんが拭いている。
俺はその後ろで服作り……いや、服になるかどうかの実験を行なっていた。
タオルを腰に巻いて結ぼうとしたところ、そもそも長さが足りなかったので、タオルを2枚マージしてバスタオルにする。
しかしバスタオルでも、結んだところを保持したまま脱ぐことができない。
仕方ないので裁縫箱を持ってきたところで、洗い物を終えた大浦さんが手伝ってくれることになった。
俺がバスタオルを肩から羽織って、前の部分だけ大浦さんが糸で軽く縫い合わせる。
……俺より大浦さんの方が縫うの上手いな……。
そのままそうっと脱いだものを2枚作る。
「マージ開始」
無事マージ判定されたバスタオルのケープのようなものは、重ね合わせると『バスローブ』になった。
ああ、バスタオルで作ったからか……。
「お、いいなバスローブ」
大浦さんは喜んでいるけど、俺はバスローブじゃなくてパジャマを着て寝たい……。
「バスローブを重ねたら、次はパジャマにならないかなぁ?」
桐谷さんも食器を拭き終わったようで、戸棚に片付けながら声をかけてくれる。
「私、タオルもっと持ってこようか?」
「リネン室でやる方が早くねぇか?」
「確かにそうですね、移動しましょうか」
3人でぞろぞろとリネン室に向かう。
「桐谷、今何時だ?」
「21時回ったとこー」
相変わらず桐谷さんの返事には一切迷いがない。
「そいつはマズいな、良平の身長のためにも早く寝かしてやらねぇと」
「俺まだお腹いっぱい過ぎて、寝られそうにないですよ……」
「ヒラメ美味しかったもんねぇ」
「桐谷さんのお料理もすごく美味しかったです」
「えへへー、作り甲斐あるなぁ、ありがとーっ」
「しっかし神様は戻ってこねぇな」
「あ、それ私も思ってた」
それについては、俺も気になっていた。
この世界の時間の流れについて……。
「もし、ヨミトキさんがこっちの世界の時間感覚で過ごしているなら……」
俺は窓から外を眺める。
桐谷さんの腹時計によると、もう俺たちがここに来て13時間半ほどが経っている。
けれど、窓の外に広がるのはまだどうみても午前中の空だ。
「まだしばらくは戻ってこないかも知れませんね……」
大浦さんが、俺の言葉に同意する。
「確かに、その可能性は高いな……」
「ええ、どういうこと……?」
俺と大浦さんは、桐谷さんに説明する。
どうやらこの世界は俺達の世界の何倍もいや、何十倍もゆっくり一日が進んでいるようだと。
「現段階では夜にいちいち火で明かりを確保すんのも面倒だし、明るい時間が続いてんのはいいんだが……」
「問題は、夜もまたこんな風に何日も続くだろうって事ですね……」
大浦さんの言葉を俺が繋ぐと、桐谷さんはパチっと大きく瞬いた。
「えっ、あっ、そっかぁ!」
「ちょっと休むつもりのヨミトキさんがなかなか戻ってこないのも、彼にとっての一日が俺たちよりずっと長いんじゃないかなって話ですね」
「ああー、浦島太郎みたいなやつね」
なるほど納得、みたいな顔で桐谷さんがポンと手を打った。
「そんなに待たされちゃ俺達が先に死ぬぞ」
浦島太郎って……えーと、何年経ってたんだっけ、100年? 300年だっけ?
確かに、そんなに待たされてしまうと困るなぁ……。
「良平、そんなに心配しなくていい。日時計の影の動きはそこまでじゃなかったから、悪くて50倍くらいのもんだろう」
「それって、神様が3日寝込んだら私達の感覚だと150日経ってるってこと?」
「悪くて、な。もう何日かかけてなるべく正確な数字を上げっから、もうちょい待っててくれ」
「はぁい」
「はい、お願いします」
「神様が30分くらいで戻ってきてくれるといいんだけどねぇ」
「かなりヘトヘトみたいだったから、一日は寝込むかもしれないですね」
そんな会話をしつつも、俺はタオルをバスタオルにしては、肩にかけて、大浦さんに前を縫い合わせてもらっていた。
「大浦さんってなんでも出来るよねぇ」
「本当にすごいですよね。薪も割れるし魚も獲れるんですよ?」
「すごーい、頼りになるーぅ」
「とっても頼りになりますよね」
「……わかった、もう分かったから、十分だからな? もうこれ以上褒めなくていいからな……?」
「あーっ、大浦さん照れてるーっ、かーわいーっっ!」
桐谷さんに言われた途端、じわじわと赤くなりつつあった大浦さんの顔がボッと真っ赤に染まってしまった。
「……っ、くそっ、うるせぇな……」
苦々しい顔でぶつくさと悪態をつく大浦さんは、確かにちょっと子どもっぽくて可愛い気もする。
俺は、大浦さんに縫ってもらったバスタオルケープを4つ使って、バスローブをマージさせて無事パジャマを手にすることができた。
タオルはまだ枚数があったので、大浦さんのサイズに合わせてバスタオルケープを作って、大浦さんサイズのバスローブも作った。
俺の肩に巻いて作ったバスローブだと、ちょっと小さかったんだよな、肩幅が……。
「下着の替えも欲しいとこだったんですけどね……」
呟く俺に、大浦さんはサラッと言った。
「下着なんて、寝てる間に干しときゃいーんだよ」
「ええっ!?」
驚いた俺の後に、桐谷さんが躊躇いながらも尋ねた。
「じゃあ……、寝てる間はノーパン……?」




