氷への挑戦
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「ごちそうさまでした。どれもとっても美味しかったです」
俺は手を合わせて、桐谷さんに感謝を伝える。
野菜の煮物も炒め物も本当に全部美味しくて、お腹がいっぱいになってしまった。
胃が窮屈で、思わず反り腰になってしまうくらいだ。
「お刺身が追加で来たから量が多くなっちゃったけど、全部食べ切ったねー。私も、もうお腹はち切れそうだわ」
「オレも腹ごなしにちょっと動かねぇと、このままじゃ寝られそうにないな。酒が入ってたらもっと進んでただろうから、まだマシだが……」
「炭酸水だったもんねぇ。炭酸水の次は何になるのかなぁ。私はお茶が飲みたいなぁ……」
「今から作ってみますか? お茶ができれば食後の一服が楽しめますよね?」
「んー……でも、もう20時半だから、良平君は寝た方がいいんじゃない?」
「俺いつも22時くらいまでは起きてますよ」
「成長期終わるまでは21時には寝てないとダメなんだよ!?」
「成長期……」
確かに、俺はまだ背が伸び切っていないようで、少しずつ地味に伸びている。
けど、21時に就寝完了しておくためには、20時台には布団に入ってないといけないって事か……。
そう思ってからふと、夜中のグループ通話にいない奴らは軒並み背が高いなと思う。
なるほど……。
これは説得力があるな。
今日はもう疲れたし、インターネットもないからスマホゲームもできないし、さっさと寝るのがいいのかもしれない。
「ごっそさん。ほんと全部美味かったよ、流石プロの料理人は違うな」
そう言って、大浦さんが席を立つ。
「あ、自分の食器は流しに下げてね」
桐谷さんがそう言って食器をまとめ始めるので、俺も自分の使った食器をまとめる。
「洗いもんはオレやるから、桐谷ももう休んでいいぞ。油もんはあの石鹸使って洗やいいんだな?」
「えっ、大浦さんって進んで家事する人? なんか意外……」
「今時、家事やらない男なんかいないだろ」
「それでも、言われなきゃやらない人かと思ってたなぁ」
「酷い言いようだな」
「ううん、良い方向の意外だから! じゃあせっかくだし、お言葉に甘えてのんびりしちゃおっかな」
「明日の飯とか仕掛けなくていいのか?」
「ふふーん、そこは調理スキルで、朝から炊いても間に合っちゃうのよね!」
「へぇ、便利なもんだな。明日は使うとこを見せてもらうか」
「そういえば大浦さんは途中までしか見てなかったよね、今何か使って見せようか?」
「もう全員満腹だろ」
「お茶って聞いて思ったんだけど、トウモロコシがあったじゃない? ヒゲ付きの」
こちらを見られて、俺は「はい」と頷く。
「トウモロコシのひげ茶って飲んだことある?」
尋ねられて、俺は首を振る。
そんなお茶は初めて聞いた。
「あー……、そういやあったな、そんなのが。ペットボトルで売ってんのをコンビニで見かけて2回くらい飲んだ事ある。ちょっと甘い感じの麦茶みたいなやつな」
「そうそれそれ! せっかくだからトウモロコシのヒゲ部分全部まとめてお茶にしちゃおうと思って」
言いながら、桐谷さんは自分の食器を抱えて厨房に向かう。
俺も自分の食器と、持てそうな空いた皿を抱えて続いた。
「ノンカフェインだから寝る前の一杯にもピッタリだし、カリウムが多く含まれてるからお刺身にお醤油つけまくってた大浦さんには美味しく感じると思うよー?」
「ふぅん」
「へぇ」
「ビタミンも鉄分も取れて、結構優秀なんだ。味もクセがなくて飲みやすいから。うまくできるといいなぁ」
食器を流しに入れた桐谷さんが「調理開始」と唱えて、トウモロコシの束に触れる。
桐谷さんが口頭でトウモロコシのヒゲを材料に登録すると、ヒゲだけがスッと消えた。
続いて、厨房に汲み置かれていた水も材料として登録すると、調理工程が桐谷さんの口からスラスラと紡がれてゆく。
「5日間乾燥させます」
というのを聞きながら、こういう時間をスキップできるって、かなり強力なスキルだなと思う。
ん……? 待てよ……?
桐谷さんの調理スキルは、消費する材料さえ揃ってれば、調理器具はいらないんだよな……?
じゃあもしかして……。
「20個のカップに均等に注ぎ、残りはティーポットに残して添えます」
サラッと言われてちょっと驚いたけど、そうか、飲料水を作るためのカップを多めに確保しようとしてくれてるのか……。
「調理完了!」
調理台に向かう桐谷さんが広げた両腕の前に、ずらりとおしゃれなガラスのカップが20個並ぶ。
さらにはしっかりお揃いのガラス製のティーポットまで付いている。
「おお、凄い……が……、やたら多いな?」
大浦さんの苦笑混じりの言葉に、桐谷さんが「多い分にはいいでしょ? カップが沢山欲しかったから」と答える。
それに対して、大浦さんがなるほどと納得した様子で頷く。
俺と目が合った桐谷さんが「ね?」と同意を求めてくるので、俺も「そうですね、助かります」と答えた。
「ふぃー、調理スキルもようやく使いこなせるようになってきたわ」
満足げに額の汗を拭うような仕草をして、桐谷さんが言う。
ちなみに汗はかいてそうにないけど。
「2人とも、飲んでみて飲んでみて。良平君が気に入ってくれたら、水筒にも入れてあげるから持っておいでね」
「あ、ありがとうございます」
ほんのりと湯気の立つカップを口元に運んで、ふーふーと冷ましながら飲む。
ふんわりと優しい香りは確かにトウモロコシで、でも味そのものは麦茶みたいで、なんだか不思議な感じだ。
「どう? 美味しい?」
「えっと、はい、美味しいです」
「本当に? ……私、無理矢理言わせてない?」
心配そうな顔をする桐谷さんに、俺はちょっと驚いて、すぐに笑顔を返した。
「大丈夫ですよ、ちゃんと美味しいです。初めての味で、ちょっと不思議だなって思ってただけなので」
「そっか、よかった。じゃあ水筒持っておいで」
俺は「はい」と答えて、食堂の隅に置いたままだった鞄から水筒を取ると、食堂のバスタブから小鍋に水を一杯すくって戻った。
「おかえりー……って、わざわざ洗う為の水まで汲んできてくれたの?」
まだ汲み置きもあるよ、と言ってくれる桐谷さんに、俺は小さく首を振って説明する。
「この水は、桐谷さんに氷を作ってもらえないかと思って汲んできました」
「えっ?」
純粋に驚いた顔をしたのは桐谷さんで、大浦さんは驚きながらも納得したような顔を見せた。
「それは、もしかするともしかするな」
頷く大浦さんに「もしかしたらですね」と俺も答えて笑う。
「えーっと……。……あー! つまり、その水を冷凍庫に入れて1日冷やしますって言えばいいのね!」
「そうだな」「ですね」
「……んんん……??」
分かった! みたいな顔をした桐谷さんが、急に怪訝な顔になる。
どうしたんだろう。
「じゃあヒラメも、冷蔵庫で2日間寝かせますって言えば良かったんじゃない!」
それは……、確かにそうだ。
「あーっ!! そしたら釣りたての食感と、熟成した旨味増し増しのお刺身の両方を贅沢に味わえたのにぃ!!」
地団駄でも踏みそうな勢いで悔しがる桐谷さんに、なんだか俺は彼女を悔しがらせてばかりだなと、申し訳なく思う。
「良平、そんな顔しなくていいぞ? 桐谷には好きなだけ悔しがらせとけばいい。あれだ、目指してるとこが高いっつーか、単に向上心の強い奴だってことだろ。別にそれで周りに当たり散らすわけでもなし、ほっときゃいいんだ」
そんなものなんだろうか……?
俺がよくわからない気持ちで大浦さんを見上げると、大浦さんは俺を慰めるみたいにポンと肩を叩いてくれた。
「えっ、なになに? 私、良平君のこと責めたりしてないよ!? 何にも気にすることないんだからね? むしろ、気づいてくれてありがとうだよっ!?」
一気に捲し立てた桐谷さんは「早速やってみるね! 調理開始!」と宣言して、鍋に指を入れて水を材料登録する。
調理手順でプラスチックのコンテナ容器に分割して水を注いでいるのは、容器狙いなんだろうか。
「調理完了!」
桐谷さんの示した場所に、プラスチックの蓋付きコンテナ容器が8つ現れた。
いつも偶数を指定してくれるのは俺への配慮なんだろうか。
「どれどれ、出来てるかな……?」
ワクワクした顔で桐谷さんがコンテナを開ける。
大人も、こんなワクワクした顔をするんだなぁなんて、俺はぼんやり思った。




