咄嗟の行動
その会話で、いきなりこんな荒野に投げ込まれたら、少女だって流石に「話が違う」と怒りもするだろう。
おそらくヨミトキさんは神様なだけあって、俺達とは様々な常識とか考え方の前提が違うんだろう。
だから、言葉足らずにも気づくことができないんだ……。
俺達の時はどうだったっけと思い返してみて、あの時は40代後半くらいのおじさんがいくつも質問をして、うまいこと話を聞き出してくれて、それでようやく概要が掴めたんだっけな、と納得する。
「大浦さんはどうしてあの子に踏まれてたんですか?」
俺の問いに、大浦さんはガシガシと頭を掻いて答える。
大浦さんの話はこうだ。
時計がないため時間は不明だが、早く寝たおかげでスッキリと目覚めた大浦さんは、早朝の散歩がてらに荒野へ石を拾いに行ったらしい。
ああ、本当だ。
すぐそこにエコバッグと『石ころ』が散乱しているな。
俺はスマホに『石ころ』を取り込むと、大浦さんの話を聞きながらこっそりマージし始める。
エネルギーは満タンではなかったが、寝る前は409だった数字が774になっていた。
あー……、時間経過で回復だったか……。
これは使い過ぎに気をつけないとな。
荒野で『石ころ』を袋いっぱい拾ってきた大浦さんが邸宅の近くに戻ってきたあたりで、ヨミトキさんと少女が現れた。
どこまでも続く荒野を見た少女は、そこでようやく、この世界に彼女の求めた地位や名誉がないことを知ったのだろう。
聞き覚えのない言葉で喚き散らす少女を見て、大浦さんはヨミトキさんに「神様、その子はどうしたんですか?」と尋ねた。
気さくに声をかけた大浦さんに、ヨミトキさんが「先ほどは急に引っ込んでしまってすみませんでした」と頭を下げるや否や、少女は大浦さんに襲いかかった。
腕を後ろに捻りあげられた大浦さんはそのまま地に倒され、背を踏まれた、という話だ。
……なんとなくわかった。
なんとなくわかったけど、一応確認しようか。
「ヨミトキさん、彼女は大浦さんを捕まえて、なんて言ったんですか?」
「ええと『こいつの命が惜しければ私の要求を呑め』というようなことを言ってましたね」
やっぱりか……。
俺達は、ここに来た時から、望めば元の世界に戻してもらえると知っていた。
けれど、彼女はそれすら尋ねなかったために、元の世界への帰り方がわからなかったんだ。
自分を連れてきたヨミトキさんが頭を下げる相手である大浦さんを押さえれば、ヨミトキさんが自分を元の場所に戻してくれるかもしれないと、一縷の望みをかけたのだろう。
「私は、そんなことをしてはいけませんよ、彼を離しなさいと声をかけ続けていたんですが、全然聞いてくれなくて、本当に困っていました……」
そこはせめて、ヨミトキさんが「わかった」と答えてくれれば、大浦さんが痛い目に遭い続けることもなかったんだろうけどなぁ……。
運悪く巻き込まれてしまった大浦さんを見ると、大浦さんも経緯がわかったらしくうんざりと嫌そうな顔をしていた。
あ。大浦さんのキリッとした頬に、赤いものが滲んでいる。
「大浦さん、頬も擦り切れちゃってますね……」
「あー、ほんとだ痛そう……」
俺と桐谷さんの言葉に、ヨミトキさんがハッとする。
「すっ、すみませんっ、今治癒しますね。あっ、お詫びに皆さんには加護をありったけつけておきますので、今後は戦車に轢かれても皆さんには傷一つ入りませんっ」
あわあわと慌てた様子のヨミトキさんが、とんでもない事を言いながら俺達をキラキラとした光で包む。
「どうか……、どうかこれで、この件は手打ちにしていただけないでしょうか……」
弱々しくも切実に訴えるヨミトキさんに、俺が大浦さんを見たのと桐谷さんが大浦さんを見たのは同時だった。
大浦さんの頬はすっかり元通りになっている。
よかった……。
大浦さんは、自分の腕にあった擦り傷が消えているのを確認してから口を開いた。
「仕方ねぇな……、今回だけだぞ。次こんなことがあったら、オレは帰るからな」
「あ、ありがとうございますっっ」
ヨミトキさんが、震える声で感謝を告げて、深々と頭を下げる。
「あの、ヨミトキさん。戦車……が、この世界にはあったんですか?」
俺の質問に、ヨミトキさんは一瞬だけ悲しそうに瞳を揺らして、目を伏せた。
「はい……」
「オレも聞きたかったんだよな。この世界にはどのくらいの文明があったんだ? 戦争で死に絶えたって事は、核だとか化学兵器みたいなもんが使われるような状態だったのか?」
「……はい……。私が、地球の神に助力を願い出たのは、あの世界の文明がこの世界の文明によく似ていたからです……」
そう答えたヨミトキさんの横顔は、とても寂しそうだった。
今は亡き人々の姿を思い返しているんだろうか……。
桐谷さんが、ヨミトキさんを見つめて尋ねる。
「じゃあ、この世界の人達は私たちと同じような暮らしをしてたんですか?」
「はい……」
「それじゃあプラスチックやら電化製品を出してもいいって事ですね!?」
嬉しそうに言う桐谷さんを見て、ヨミトキさんはキョトンとした顔になった。
ああ、それは確かに気になるとこだもんな。
「あ、はい……。もちろんです。皆さんがご存じの技術は、なんでも遠慮なくご披露くださいね」
それは有り難いな。
俺は会話を聞きながらスマホ内で石壁を4つ完成させると、顔を上げて少女の位置を確認する。
……あれ?
さっきまで少女がいたあたりにも、その周囲にも、まるで姿がない。
一体どうして……?
このだだっ広い荒野では、姿を隠しようもないはずなのに……。
「良平……?」
大浦さんが俺の異変に気づいて声をかける。
不意に嫌な予感がして、背がぞくりと震えた。
「あの子がいません!」
俺の声に全員が荒野の方を見た瞬間、邸宅の方から俺達に飛びかかってきた何かの影。
俺は反射的にその方向へと石壁を出した。
ドガンッ! と壁の向こうで音が響く。
「ガアッ!?」
苦しげな悲鳴は、人というより獣の鳴き声のようだった。
「あっ、だ、大丈夫!?」
思わず石壁を出してしまったけど、これにあの速さで激突したら、……死んでしまうんじゃないか……?
俺は慌てて石壁を引っ込める。
そこには頭を押さえて血まみれの……。
あまりに衝撃的な光景に、くらり、とめまいがした瞬間、俺の視界が大浦さんの背で埋め尽くされた。
すぐに桐谷さんが俺の手を引いてその場から離してくれる。
僅かに届いた血の香りが、スッと遠ざかる。
「おい神様、そいつをすぐ治してやってくれ。それと、動けないようにするか拘束するかしてもらえねぇかな。話ができそうにない」
「わ、わかりましたっ」
ヨミトキさんが慌てて両手をかざす。
キラキラした光が収まると、大浦さんがこっちを振り返って俺を慰めるように優しく微笑む。
「さっきのは悪い夢だ、忘れろ。もう夢は覚めて、元通りだ。何も怖いことなんてなかった」
まるで暗示のような言葉だ、と思った。
大浦さんからあまりに自然に溢れたその言葉は、なんとなく、大浦さん自身が普段から唱えている言葉なんじゃないだろうか、と感じさせた。
「そうそう! もう大丈夫だよ、大丈夫だからね!?」
ああ、2人が必死で俺を慰めようとしているのがわかる。
それほどに酷い事を、俺は……、してしまったんだ……。
さっきの真っ赤な光景が、瞼に焼き付いて離れない。
もしこの場にヨミトキさんがいなければ、あの子はあのまま、息を引き取ったんだろう。
そう理解した途端、全身にゾッと鳥肌が立った。
「ぁ…………、お、俺…………っ」
吐き気が込み上げて、息が詰まる。
そのままむせるように咳き込む。
胃がギュッと押し上げられる感触に、肌がさらに粟立つ。
「なんなんだお前はっ! 人ではないのか!? 神か!? 悪魔か!? 答えろ!!」
少女の鋭い叫びは俺に向かっていた。
肌に突き刺さるような問いの言葉に、ハッと顔を上げる。
黄緑色がかった瞳が、俺を睨みつけている。
その瞳に僅かな怯えが混ざっているのに気づいて、俺は口を開いた。
「俺は人間だよ、ヨミトキさんに少し特別な力をもらっているけどね」
俺の言葉に、彼女は小さく肩を揺らした。




