良平は血とか苦手なタイプか
サイズを確認してなかったせいだけど、てっきり皿に乗るくらいの大きさかと思っていたヒラメは、むしろ俺が乗れそうなほどデカかった。
「うわっ、大きい……」
ビチッとヒラメが暴れると、水飛沫がそこら中に撒き散らされる。
「わぷっ」
「わぁっ」
「ぅおっ」
う、なんかしょっぱい。
磯の香りがする……。
ガハハと豪快に笑っているのは大浦さんだ。
「活きがいいなっ」
ヒラメがビタンビタンと跳ねる度、ヒラメの巨体が宙に浮く。
す、すごい力だ……、迫力がありすぎる……。
「ひゃっほぅ! このサイズなら縁側もたっぷり取れるねぇ!」
そう言った桐谷さんが「食材鑑定」と唱えてヒラメを指先でチョンとつつく。
桐谷さんはこんな大きくて暴れてる魚でも怖くないのか、強い……。
ヒラメをじっくり眺めて、大浦さんが呟いた。
「座布団まであと一歩、小座布団サイズってとこかな」
「座布団……?」
「おう、ヒラメは40cmから60cm弱のが普通サイズで、そっから70cmくらいまでが小座布団、80cmまでを座布団、それよりデカいのが大座布団って呼ばれんだよ」
「大浦さん大正解、78.5cmだって。鮮度も十分だね」
「俺、ヒラメってお皿に乗るくらいの大きさだと思ってました」
「んー? 良平君の思ってるのって、ひょっとしてカレイじゃない?」
桐谷さんに言われて、ヒラメとカレイを思い浮かべてみる。
……けど、違いが全くわからない。
「姿のまま煮付けになってるのは大体カレイだよ、ヒラメは煮るよりは刺身で食べたいからねぇ」
なるほど、確かに俺が思い浮かべたのは煮付けだったので、どうやらカレイだったらしい。
「バターがあれば、ムニエルも美味しいんだけどねぇ。まあ、今回はお醤油もあるし、まずはお刺身だね」
桐谷さんの言葉に、大浦さんが残念そうに呟いた。
「わさびがないのが悔やまれるな……」
桐谷さんが頷いて言う。
「それはわかる……。でもお酢も油もあるから、マリネにもカルパッチョにも出来るよ、まずは捌いてみるね。調理開始」
桐谷さんが指先でチョンと触れて「材料登録、ヒラメ1尾」と唱えると、ヒラメは1匹丸ごと消え去った。
それから桐谷さんは食堂のバスタブに指を入れて、水をたっぷりと材料に登録した。
「血抜きからだぞ」
大浦さんの言葉に、桐谷さんはひとつ頷くと、さっきと同じように、迷いなくスラスラと調理手順を唱える。
最初は、エラの付け根を切ったり、血管と背骨を切ったり、尻尾の付け根を切ったりしていて、何をしてるんだろうと不思議に思ったけど、そのうち「しっかり血を絞り出す」とか言われてヒエッとなった。
さっき大浦さんの言ってた血抜きって、こういうことなのか……。
「ヒラメやマダイみたいな白身魚は、生きてるうちに素早く締めて血を抜く必要があんだよ」
「大浦さんも……その、するんですか?」
「ああ、俺も大物が釣れた時は、現地で締めてから持ち帰るからな」
鮮度を保って酸化を防止して味の劣化を防ぎ、寄生虫のリスクを減らすためだと、大浦さんが利点や必要性を説明してくれる。
……んだけど、そのための方法が、首を折るとか背骨を折るとか脳やら神経を破壊するとか、あまりにも惨い内容だったので、俺はすっかり具合が悪くなってしまった。
「あはは、良平は血とか苦手なタイプか」
「……あんまり、得意じゃないです……」
俺は、テレビドラマやニュースでも手術シーンを見ていると気持ちが悪くなってしまう程度には、そういうものに耐性が無い。
もしこれが自分だったら……って考えてしまうのがまずいのかもしれないけど、すぐに気分が悪くなって、吐きそうになってしまうんだよな……。
「ん? いや、……本当に顔色が悪いな。あー……、悪い、ちょっと休むか?」
大浦さんが俺の顔を覗き込んで、肩を支えるようにそっと掴んだ。
「良平を応接室で休ませてくる。桐谷頑張れよ、刺身期待してるぞ」
桐谷さんは調理の指示を唱え続けていて手が……じゃなくて口が離せなかったけど、視線と共に手を振ってくれた。
背中を太い腕に支えられて、片手を引かれるようにして、俺は大浦さんに介助されつつよろよろと応接室に連れてきてもらった。
「横になった方がいい。靴を脱いで」
大浦さんが甲斐甲斐しく靴まで脱がせてくれるので、俺は「ありがとうございます……」と弱々しく答えて3人掛けサイズのソファに横たわった。
さっきのですっかり血の気が引いてしまったので、おそらく貧血に近い状態なんだろうな。
足元もふらふらするし、目の前もほんのり薄暗い。
力の入らない手を握ったり開いたりしながら、俺はゆっくり目を閉じて深呼吸をした。
「……いや、本当に悪かったな……。そーゆー話が苦手な奴もいるなんて事、知ってたはずなのに。……オレ、デリカシーないってよく言われんだよな……」
ああ、大浦さんがすごく反省している。
何か励ましてあげたいんだけど、貧血のせいか、考えがうまくまとまらない。
「大丈夫ですよ、俺が…………、なんだろう、ええと、気が弱い……? だけです……?」
なんとか紡いだ俺の言葉に、大浦さんはブフッと噴き出して、それから慌てて謝った。
「いや悪ぃ悪ぃ。その、いつも利発な良平が……頭回ってない感じが、なんか、新鮮でかわいいっつーか……。いや、笑って悪かった。俺のために、頭回んないのに励ましてくれて、本当にありがとうな」
笑われてしまったけど、俺の気持ちは受け取ってもらえたようだし、大浦さんが少し元気になったみたいだからいいか。
「……お刺身、楽しみですね……」
「ああ、そうだな」
答えた大浦さんが、向かい側のソファから徐に立ち上がる。
「吐き気とかはないか?」
「はい。貧血なだけだと……思います……」
「少しの間、1人にしてても大丈夫か?」
「はい」
「夕飯ができたら桐谷が呼んでくれるだろうから、俺が戻るか桐谷が呼びに来るまでそのまま横になってるんだぞ」
「大浦さんは……?」
「日時計の影の位置を確認して、目印なりつけたら戻ってくる」
「よろしくお願いします……」
「おう。すぐ戻ってくっから、ちゃんと休んどけよ」
「はい、いってらっしゃい……」
俺の言葉に、扉を出かかっていた大浦さんはちょっとだけ驚いた顔で振り返った。
それから、なんだかすごく優しい笑顔で「ああ、行ってきます」と答えて部屋を出た。
しんと静かな応接室で、俺は手持ち無沙汰になってしまう。
疲労もあって眠気がきてるんだけど、今寝てしまうとなかなか起きられそうにないからなぁ。
もうすぐ夕飯だとわかっているのに、それは申し訳ない。
かといって、起き上がってウロウロ出来るほどにはまだ回復していないようなので、俺は必然的にスマホを取り出して眺める。
エネルギーは残り423か。6割近く使ったなぁ。
住むところとトイレと寝るところ、飲み水に生活用水、食べ物……。
あと早急に欲しいものといえば、衣食住でいうなら『衣』か。
今は桐谷さんにかろうじてパジャマがあるだけで、俺と大浦さんは着替えが1枚もない。
寝るまでにシーツをもう1〜2枚作って、拙い手縫いでなんとかベースを作ってマージすれば下着と着替えは手に入るだろうか?
うーん。
いかにして、手間をかけずに下着判定をもらうかだよなぁ……。
例えば、タオルを腰に巻いて端を結んで、そのままそっと脱げば……。
……ダメだろうか?
後で試すだけ試してみたいな。
あとは……。
桐谷さんが渇望していたのは、小麦粉と卵と牛乳だったっけ。
小麦粉は……、米の粉をマージすればできる可能性あるかな?
卵は……。
……卵……?
いくらって、鮭の卵だよな?




