魚臭恐るべし……
「それはやってみないとわかりませんが、そうだとしても段階的にはずっと先だと思いますね」
「いやぁ……そこまでは考えてなかったな……」
魚がいきなり虫になったり陸生の生物になったりするのも、マージパズル界ではよくあることだ。
けど、そういうのに馴染みがない大浦さんからすれば、考えてもない事だったんだろうな。
「魚が食べたいのは大浦さんですし、獲ってきてくれたのも大浦さんなので、俺は大浦さんの意見を尊重したいと思ってますよ」
にっこり笑って言えば、大浦さんが驚き顔をようやく苦笑に変えた。
「良平は本当に気の良い奴だよな……」
そんなにしみじみ言われてしまうと、なんだか恥ずかしくて胸がむずむずしてしまう。
俺は照れ隠しに小さく苦笑して、視線をスマホに戻した。
「えっと、じゃあ『鮎』は全部『ニジマス』にして、次を作りますね」
16匹の『鮎』が8匹の『ニジマス』になる。
『ニジマス』を重ねて現れたのは黒くて長い……うなぎのように見えた。
「うなぎか、穴子か……? 実物見りゃわかるが絵じゃよく分からんな」
説明文には『うなぎ』と書かれている。
「『うなぎ』ですね」
「桐谷が知ったら踊り出しそうだな」
「あはは」
言われただけで、その様子が想像できてしまう。
「ここまでは川魚だったが、うなぎは海で生まれて川で育って海に帰る魚だからな。海に近づいてきた感はあるな」
そこまで言った大浦さんが「待てよ……?」と訝しげに顎を指で撫でる。
「ニジマスも海に出るのがたまにいるって聞くよな……なんだっけ、スチールヘッドだっけか。寿司でよく食うサーモントラウトも元はニジマスだって聞いた気がすんな……。あーーっ、検索してぇ!」
その気持ちは分かる……。
俺もこっちに来てから、あれこれ検索したいことだらけだよ。
「『うなぎ』を重ねてみますね」
「おう!」
期待に満ちた視線を浴びながら重ねた『うなぎ』はバケツに入った小さな魚の束になった。
説明文には『ハゼ』と書かれている。20匹入っているらしい。
そういえばトウモロコシにザルがついていたのも、セメントがバケツに入っていたのもこの5段階目か。
バケツの素材はプラスチックに見えるな。一度出してみるか。
「出してみますね。濡れそうなら避けてください」
声をかけて、応接室の机の上を狙って出してみる。
もしバケツに水が入っていたらこぼれる可能性もあるが、水差しほど安定は悪くなさそうなので大丈夫な気はする。
「こりゃハゼだな、釣りたてなら刺身で食うと甘いんだよこれが。あとは揚げても天ぷらでも美味いんだよな。ハゼにしちゃ良型だけど、この数じゃ満腹にはならねぇか……」
バケツをのぞくと、水は入っていなかったけど、ハゼと呼ばれた魚はピチピチッと時折跳ねている。
元が生きた小魚だったから、出来上がる生き物も同じく生きているのか……。
「おそらく入れ物の方にコストがかかったんでしょうね」
俺が言うと、大浦さんが今気づいた様子でハッと目を見開いた。
「ポリバケツじゃねーか! しかも蓋付き!? 小回りきくやつ! 欲しいなこれは!」
「6段階目は諦めますか?」
「ぐっ……。けどなぁ、欲しいよなポリバケツ……」
「ちなみに『石ころ』の6段階目は『石壁』で『雑草』の6段階目は『果物かご』です」
「大物が出てくんのはこっからかぁ……」
ぐぬぬと唸った大浦さんは、俯いたり空を仰いだりした後、困り顔で苦笑いを浮かべて言った。
「悪ぃ、やっぱポリバケツ欲しいわ。2つもらっていいか?」
俺は笑って「はい」と答える。
「明日はもっと大量に小魚獲ってくるからなっ」
「気持ちはありがたいんですが、あんまり乱獲しないでくださいね。絶滅しちゃうと困るので」
「うぐっ、確かに……」
俺はもう一度『うなぎ』を重ねてハゼのバケツをもう1つ作って、アンマージする。
外に出したハゼ入りのバケツも、もう一度取り込んで、アプリ内でアンマージした。
そうしてバケツだけを2つ取り出して、大浦さんに渡す。
「さんきゅ、助かる」
大浦さんは、嬉しそうにバケツを抱えた。
「あれ?」
ハゼを整理しておこうと思った俺は、まだアンマージの終了を宣言していないことに気づかないまま、青く光る指先でスマホの画面に触れてしまった。
すると、ハゼが2塊に分離した。
そうか、ハゼは数が多いからまだアンマージできたのか。
「どうした?」
「ハゼを分けて別のものにできそうです、やってみますね」
20匹のハゼを、10匹ずつに分ける。
さらにそれを分けると、5匹の塊になった。
5匹のハゼ同士を重ねると『メバル』という魚になった。
こうなると、10匹のハゼも重ねたいな。
俺は残っていた20匹のハゼもアンマージして10匹同士で重ねる。
するとこちらは『ヒラメ』になった。
「すげぇ! ヒラメなら刺身だろっ! えんがわも食えるな! でかしたぞ!」
「こっちのメバルというのは……?」
「それは煮付けがうまいぞ。そーかそーか、ハゼから根魚になって、そんでヒラメって事か」
「?」
「ハゼもヒラメも砂地に腹くっつけてる魚でな、腹のとこが白くてぷにぷにしてんのも共通だな」
よく分からないが、大浦さんとしては納得できる出現の流れのようだ。
「ハゼは汽水域にいる魚だからな」
「汽水域……って、海水と淡水の混ざるとこ……でしたっけ」
「そうそう。んで、その先の2種は海水にいる魚だ。多分バケツ付きのハゼの先も海の魚になるんだろうな」
なるほど……?
淡水に生きる小魚から、5段階目までで海に出る直前まで来たってことかな。
海洋生物まで進めば、海洋哺乳類……海獣と呼ばれる生き物に繋がる可能性も高くなるな。
「残りのハゼ10匹はどうしますか? ハゼのままとメバルにするのとどちらが良いでしょうか」
「そこはうちの料理長と相談してみるか。ひとまずタニシとカエルの危機は去っただろ」
それは確かに……。
もうここから、タニシやカエルにはならないだろうな。
大浦さんは、俺にニカッと笑顔を見せて「厨房行くぞー」と立ち上がる。
狙い通りに刺身用の魚を手に入れた大浦さんは、かなり機嫌が良さそうだった。
ガチャ、と扉を開けると、厨房はいい匂いで満たされていた。
「あ、2人ともおかえりーっ、ご飯の準備もうすぐだよー」
料理を盛り付けている桐谷さんを見て、思わず声をかける。
「あ、俺手伝います」
「ありがとー、まずは2人とも手を洗ってきてくれる?」
それは確かに……。
「料理が済んでるとこ悪ぃんだが、魚を捌いてもらえないか?」
「魚……ってあの池の小魚……?」
俺が「ここに出してもいいですか?」と尋ねて流し台を指差すと、桐谷さんは慌てて俺に迫ってきた。
「待って待って!? 先にスマホを見せて!」
俺と大浦さんがここまでの経緯を説明する。
「えーっ、すごーいっ。じゃあヒラメは今からお刺身にして今夜食べて、メバルは寝る前にお煮付けにして明日の朝食べよっか!」
俺は『ハゼ』の残り10匹を、5匹ずつにアンマージしてもう1匹『メバル』を作った。
「ハゼも魅力的なんだけど、……っ、小麦粉が……ないから……揚げ物にできないっっっ」
そ、そうか……。
そうだったよな。
「あっ、米はあるんだから、砕いて米粉を作れば……? そうよね、パンは無理でも揚げ物なら米粉で十分代用できるよねっ!? よーしっ、明日は米粉作りに挑戦してみるぞーっ!」
グッと握り拳を作る桐谷さんに、大浦さんも「石臼とかすり鉢でゴリゴリやる単純な力仕事なら手ぇ貸せるぞ」と声をかけている。
「ヒラメもハゼも揚げると美味いからなぁ」
既に揚げ物の姿が脳裏に浮かんでいるのか、大浦さんの口元は緩んでいる。
「ああそれで良平君、お魚は、石鹸とか消毒に使えるアルコールがないから、細菌……がいるのかはわかんないけど、念のため厨房じゃないとこで出した方がいいと思う」
桐谷さんに言われて、俺達はぞろぞろと洗面所まで移動する。
ここは顔を洗うだけでなく邸宅での洗濯もまとめて行える場所のようで、外に排水できるようになっている。
「ここなら多少魚臭くなっても洗い流せるな」
「魚臭く……?」
俺の疑問に大浦さんが答える。
「魚触ると、丸一日は手が魚臭くなるんだって」
「臭いって洗っても落ちないんですか?」
今度は桐谷さんがうんうんと頷きながら答えた。
「ステンレスソープで洗えば大分マシにはなるけど、それでも完全には取れないねぇ……」
そ、そうなのか……、魚臭恐るべし……。
「じゃあ出しますね」
そう言って俺が出したヒラメに、一番驚いたのは俺だった。




