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週末、いつものように朱里の家の蔵でバンド練習に励んでいると、朱里のスマホに海里からメッセージが入った。
ーーヴァッケン・メタルバトル・ジャパンの開催が正式に決まった
四人は目を見合わせる。
ーー十月にメタルバトル・ジャパン。そこで優勝した一組が十一月にヴァッケンだ。
「マジだったんだな! ヴァッケンの日本人枠!」ルアンの顔が歓喜に燃えている。
「こら、すぐエントリーしちまわねえと! 一番乗りしかあんめ!」大地も身を乗り出しながら言った。「朱里ちっと貸せ」
大地が返事を打つ。
ーーエントリーするから詳細くれ
ーーそう思って、もうしといた。おめらのバンドのアドレスにエントリー票が届いてるはずだ。
「うおおおおお!」ルアンがガッツポーズを取って唸り声をあげる。
興奮しきりの大地が電話に切り替えた。
「あんちゃんあんちゃん! あんがとな! 俺ら絶対優勝すっからよ!」
「そら楽しみだな。でもどこのどいつらが出でくんのがわかんねど? 何せ世界の注目するヴァッケンだかんな」
「ほっだらごと問題でねえよ!」ルアンもぺっぺと唾穿きかけながら応戦する。
「ほだほだ! 俺らはとにかく優勝して、ほんで世界のIN YOUR FACEになんだがらよお! 次はワールドツアーだ、ワールドツアー!」
大河もうんうん頷きながら、大地とルアンの言葉を嚙み締めている。
だから誰も気づかなかった。朱里が顔を青くしながら何やら考え込んでいたのを。
それからは一層バンド練習に力が入っていった。
朱里の家の蔵での練習は便利だが音響は良くない、ということになり、海里と朱里に頼み込んでマンションに一泊させてもらいながら、都内の比較的大きなスタジオの予約を入れ、本番に近い環境で練習を行うということも定期的に組み入れていった。
与えられた時間は45分。披露する曲も決めた。あとはそれぞれの楽曲の完成度を高めつつ、最高のパフォーマンスを見せつけること。
朱里はコンポーザーとして、ライブ前にはかなりハイレベルな要求をすることを常としていた。
ーーここの二拍目ツーバスずれてる
ルアンにスマホ画面を突き付けて睨む。
「ほっだごどあんめよ、ちゃあんと踏んでっと?」
ーーずれてる というか次の音を意識しすぎて潰れちゃってる
舌打ちしながらルアンはしぶしぶ練習に入る。その前に試しに録音した自分の音を聴いてみると、いつも朱里の言葉が正しいことがわかる。
ーーここの頭のブレスが長い もっとはっきり 短く 生々しい感じで
大地にだって容赦はしない。大地ははいはいと頷き、朱里にOKを貰うまで何パターンも練習して披露する目になる。
ーーもっとここのリフは大地のトレモロ聞いて合わせて アタックのリズムはいいけど大きさが大地とズレてる
大河は言われたことをまず頭で理解しようと悩みつつ、でも練習することでどうにか克服していく。
そして当然自身にも朱里は厳しかった。ギターの弾きすぎで手が震えだしても、ハンカチでぎゅうぎゅうにピックと指を縛り付け、何でもないとでもいうふうに練習を続行する。それがいつもの姿だった。
しかし今回は、なぜだか朱里の過度な要求はすっかり影を潜めていた。ヴァッケン出場がかかった、いわば今までで一番重要なライブなのに……。それを自分たちの上達のお陰と即座に安堵に結び付けるルアンや大地とは違って、一人、大河は胸中には不安の暗雲を広げていた。
朱里は一見普通に練習をしている。大地に、ルアンに、適確ともいえる指示もしている。でもーー、なんというかそこにはいつもの漲る気迫や、少々常軌を逸したに見える緊張感がなかった。
疲れているのかな? 気分が悪いのかな? プレッシャーを感じているのかな?
大河は少し青白く見える朱里の顔つきをみてそう思った。
それとも、もしかしたら生理かな、と極自然に思ってしまってから驚いた。朱里は男なのに、何を考えているのだろう。思わず顔を赤らめる。でもそのぐらい朱里は、特に昨今存在の仕方が、雰囲気が、女性に見えて仕方がなかった。
なぜだろう。大人になってきたからだろうか。それとも化粧やファッションのせいだろうか。大河はしばらく答えの出ない問を胸で反芻しつつ、朱里の横顔をぼうっと見つめていた。
性転換手術の日はちょうど三か月後の、大学が夏休みに入る8月と決まった。入院期間は二週間。しかし体調の如何によっては長引く可能性もある。
二週間の不在を、少なくとも同居する海里には伝えなくてはならない。
夕飯時に朱里は意を決して、海里にスマホ画面を突き付けた。
ーー夏休みに旅行に行ってくる
海里はパスタを巻く手を止めて優しく微笑む。
「お、いいな。どこさ行くんで?」
どこ? 迂闊だった。そこまでは考えてなかった。文字を入力する指が震える。
ーーあちこち
「なんだよあちこちって」海里は笑った。「国内?」
朱里はほっとして頷く。
「なんだ、大地らとでも行くんか?」
朱里は曖昧に首を振る。
ーーひとり
「一人旅か、いいな」
海里は疑うべくもない。
「温泉でも入って旨いもんでも食ってくっといいべ。上京して色々環境も変わって疲れたべ。ゆっくりしてこいよ。」
朱里は言葉が出ない分、色々と溜め込みやすい。だから長期休暇の内にそれらを発散できれば、また音楽にも学業にも良い影響を出していけるのではないかと、海里は考えたのである。
「バンドのスケジュールはだいじなんだべ?」
ーー大丈夫
それは本当だったから、すぐに返事ができた。既に8月には休みを入れたいと、その間旅行に行ってくる、と大地たちには告げていた。大地と大河も実家の梨農家の繁忙期とのことで、その二週間は休もうということで話は決まっていたのである。
「のんびり休んでこいよ。バトルジャパンが近くなったらそうもいがねえかんな」
朱里はとりあえず海里に旅行期間の不在の了承を得られたことで、ほっと胸を撫で下ろした。これで誰にも知られることなく、性転換手術を受けられる。これで、正真正銘の女になれる。
しかし後から聞かされた二週間、という期間について、直接朱里には言わなかったが、さすがに長いように海里は思われた。その間ギターに触れぬつもりであろうか。客の前に立つギタリストとして、それは不安ではないのだろうか。
もしそんなことをルアンあたりが言い出そうものなら、「余裕だな」「そんで人の前に立つ気なのか」「世界に打って出るとは口だけか」程度の嫌味は言っただろう。でも海里は朱里に厳しい言葉はかけられなかった。というよりも甘かった。心配もなかったわけではないが、休みが必要であると自身で判断したのであれば、尊重したかった。




