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 ルアンはいつの間にやら、モデルの依頼を定期的に受けるようになっていた。無論、モデル業に魅力を感じたわけでもなければ、音楽から手を引こうとなどと思ったわけでもない。

 ただただその都度ファッション誌の編集者やら、モデル事務所の担当者やら、ルアンを取り巻き始めた人々による口車に乗せられ、このような流れになったのである。ルアンが喚いても怒っても、彼らは怯まなかった。なだめ、褒めそやし、ルアンの秋空よりも変わりやすい感情を巧みに操った。

 その結果、この仕事に手慣れてきた、と言えるのかもしれないとルアンはふと思い始めてきた。

 正直全く興味は持てていないものの、ちょくちょくオファーが来るのと、給金が工場で働くよりも良いので、自分には損はない。せいぜいドラムの練習時間が削られる程度だが、でも実は都内には楽器店がたくさんあり、モデルの仕事で上京したついでに様々なスティックだの、スネアだのシンバルだの、そういった楽器を数多目にできるのはとても心躍った。

 カメラマンにこうしろ、ああしろ、と命じられる度に不機嫌、というよりも自分はいったい何をやっているのだろうという自虐めいた気分にはなるが、その表情が良いのだと褒められる。

 早く下妻に帰ってドラムを叩きたいな、と思う。次のライブでどんなパフォーマンスをしようか考える。するとふと、笑顔が浮かぶタイミングもある。それも良いと褒められる。

 立ったり座ったり、風を受けたり歩いてみたり、ルアンはカメラマンに求められるまま、何が正解かもわからないままカメラのシャッター音を浴びる。それで金を得ると、始終折って駄目にするドラムスティックをあれこれ大量に買い込み下妻へと帰るのである。


 ある時、いつしかモデル事務所のルアンの担当者、となっている師岡から、今しがた撮り終えたばかりのカメラの確認をしながら、この写真の数枚を今度出される新進モデルを集めた冊子に載せてもよいか、と尋ねられた。それに載せることで多くの人の目に留まり、より多くの仕事が舞い込むのだという。

 「やだよ、ほっだの」ルアンは即座に断る。「俺、別に今以上にモデルなんちゃやりたくねえし。ドラムが本業だし。」

 「でも、もしかすると、海外の仕事を受けられるようになるかもしれませんよ」師岡はにっこりと笑って言った。ルアンが以前、バンドで海外でのメタルフェスへの参加を目標にしていると聞いていたのである。

 「ほっだらごどあんのが?」

 「もちろんです。以前こちらに載ったモデルさんで、今や海外ハイブランドのコレクションに出ている人もいますしね。」

 「そら、……タダで外国さ行けんのが? ヨーロッパとかも?」

 「もちろんです。もしコレクションに出るということになれば、出演料は今までのものとは比較になりませんよ」

 明らかにルアンの表情が緩んだ。

 「……ほっだら、載せてもらうべかな。載せるだけだしな。新しく写真撮らなくていいんだしな」ほとんど自分に言い聞かせるように言った。

 「そうですよ。」乗り気になったルアンをさらにけしかける。「外国の方々に興味を持ってもらえれば、バンドの音楽も聴いてみたいと思う人も増えるでしょう。そうしたら、海外でライブをやる時の集客にも繋がるんじゃないですか?」

 それで果たしてルアンの写真が、新進モデルばかりを集めた小冊子に載せられ、海外ブランドを始めとする世界のファッション業界の人々へと配布されることになった。

 それが、ルアンの人生に多大な影響を及ぼすことになる。


 カナダのトロントにそびえたつビルの一室で、その小冊子を手に取った人間がいた。

 特に興味を持ったわけではない。あくまでも仕事の一環として、既にお抱えのモデルは大勢いるものの、新たに自身のブランドを着用させられるモデルがあれば、という義務感で眺めてみただけであった。

 その人間は今や世界的企業となったMFコーポレーションの若きCEO、カナダ人のマーティン・リアムであった。とりわけファッションを本業としているわけではない。祖父や曾祖父から代々受け継いだ会社では、不動産からホテル経営、貿易かなり手広くやっている。ビジネスに手を染め始めた頃は音楽に傾倒し、レコード会社に足を突っ込んでいたこともあるし、もっと若い頃は自分でも歌を作り歌手を目指したこともある。自前のプライベートジェットでここカナダからアメリカ、ヨーロッパ、アジアとあちこち巡っては、ビジネスチャンスを日々拡大している。

 その手があるページで、止まった。

 金髪の白人だが、どこかエキゾチックな面立ちをしている。おそらくは白人とアジア人とのハーフであろう。首は長く、すらりと伸びた四肢は程良い筋肉で締まっていた。しかし彼が注目したのは、そのようなモデルとして至極一般的な特質ではない。その目が、鼻筋が、少々不機嫌そうにも見える脣の曲げ方が、若き日の自分とそっくりだったのである。同一、と言っても構わない程に。妙なこともあるものだ、と次のページを繰ろうとしたが、指は固まったように動こうとはしない。目もそこから離れようとはしない。まさに釘付けだった。

 ようやく視線を移すと、写真の下部にはルアン・ファム、日本人、19歳と書かれていた。リアムは息を呑んだ。

 そしてその脳裏には20年前の出来事がにわかに蘇ってきた。

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