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 ルアンのドラムが鳴り響くと同時にいつもなら響く怒号の如き歓声に、明らかに女性の黄色い声が混じっていた。

 幕が上がるとそこは見たことがない程に観客が前方へ前方へと押し寄せているのを、四人は認めざるを得なかった。

 しかし別に演奏そのものが変わるわけではない。大地も大河も激しく頭を振りながら、鋭くも細かなリフを刻んでいく。ただ、朱里は冷静に客席を見下ろしながら、客層の著しい変化に驚きを感じざるを得なかった。

 雪崩れるように前方に押し寄せているのは、明らかに女性が多い。それも、今まで見たことのない顔ばかりだ。本当にルアンを見たくてこれだけのお客さんが来たのだ、と思えば朱里は驚くと同時に呆気にもとられた。

 でも、何が目的であってもかまわない。ライブに多くのお客さんが来てくれさえすれば、その動員数によって都内の老舗ライブハウスに出ることだってできるし、ライブの回数を増やすことだってできる。注目を浴びられればメタル・バトル・ジャパンでも優位に立てるかもしれない。

 朱里の口の端にほんのわずかに笑みが浮かんだ。そしてステージ前方へ歩み出すと、浴びせかけるように華麗なソロを奏で始めた。

 ルアン目当ての客たちが、どこか冷めた目で朱里を見上げる。

 ーーこの女の子、ルアンの恋人でないといいけれど。

 ーーギターは上手だけれど、色気があるわけでもないしセクシーなわけでもない。

 ーーただ細いだけ、化粧っ気もない女の子じゃない。

 そんな訝し気な眼差しが、しかし朱里の畳みかけるようなソロで次第に変わっていく。

 胸中に渦巻く寂しさが、苦しさが、一気に昇華していくメロディー。どこにも存在しないように思える自分の居場所をどうにかして作り出したい、その思いが空気を否応なしに震えさす。

 女の子たちはいつしか真剣に朱里の奏でるメロディーに耳を傾けていた。


 ライブが終わると、大地と大河が、楽屋の隅で恐れをなし縮こまっているルアンの両腕をそれぞれ掴んで客席へと繰り出していった。その後姿を楽屋から朱里がそっと見守った。ーー今日は客席へは行かないでおこう、そう考えていた。

 ライブは終わったはずだのに、客席からそれに匹敵する耳をつんざくような歓声が上がる。

 ーールアン君だ!

 ーールアン君来てくれた!

 すぐに三人は女性ファンに囲まれる。といっても目当てはやはりルアンのようである。

 ーーええ、間近で見ても本当かっこいい!

 ーー私東京から来たんです。ルアン君を見るために。

 女性たちは口々に言った。

 「そらどうもありがとう」

 一言喋ればまた歓声である。

 ーーええ! ルアン君も茨城弁なの? 可愛すぎるんだけど!

 朱里はあまりの光景に後ずさった。これは今夜常総線の終電に間に合わないのではないか、先に帰ってしまおうか、でもそんなことをしたらさすがに三人に怒られるだろうか……。

 そこにいつもの見知ったファンもやってくる。

 ーー大地君も大河君もお疲れ様! 凄いいいライブだったね!

 ーー朱里ちゃんは楽屋?

 朱里はびくりと肩を震わせた。

 「朱里はくたびれたんだっぺ。ちっと休んでんだ」大地のフォローにそっと胸を撫で下ろす。いつものお客さんであれば顔を見せてもよいのであるが、初見のハイテンションなお客さんに囲まれると思うと、どうしても朱里の脚は楽屋から動かなかった。

 ーー朱里ちゃんって、あのギターの女の子ですか?

 初めて来た客の一人が尋ねた。

 「ほだよ。あ、でも男だかんな、朱里は。」大地がそう言い放つ。

 ーーええ?

 初めての女客は揃って頓狂な声を上げた。

 ーー女の子じゃないの? 本当に? ……でも嬉しい! バンドに女の子が混じってると思うと、ルアン君取られそうではらはらしちゃうから!

 「……ほっだらごと」ルアンは呆れながら言った。朱里とどうこうなるなどと、一つも考えたことはない。

 朱里はルアンではなく大地と夫婦になる予定なのだが、と大河は思いつつも無論そんなことはおくびにも出さない。

 ーーねえねえ、ルアン君の好きな女の子のタイプ教えて。

 キラキラした眼差しがルアンの顔に集まる。

 「タイプ、……タイプって言われでも……」ルアンは大地と大河に目配せするが、二人とも首をかしげるばかり。

 「あ、こいづは年上で金持ちの女が好きだべ。な?」

 大地の一言によって、ルアンの脳裏に自分の暗雲めいた過去がぱっと思い浮かんだ。

 「あ、あれは違ぇべ! あれは……!」

 ーーええ? ルアン君年上女性に貢がせてたの? 

 再び歓声が上がる。

 ーー貢ぎたい! ルアン君相手してくれるなら破産してもいいかも!

 女たちはさらに盛り上がった。

 それからもルアン中心に話題は絶えることなく、ついに常総線の終電は非情にも出発してしまう。そしてようやく日付が翌日に変わる頃、ライブハウスのイダが車を出して五人を下妻まで送り届けることとなった。

 「今日は本当にお疲れ様」イダは運転をしながら小さく頭を下げた。「でもうちに、あんなにお客さん入ったこと、今までなかったよ。創業以来初じゃないかな。ありがとうね。さすがだよ、ルアン」

 ルアンは半分目を閉じたまま、力なく頷く。ライブも疲れたが、その後の対応もとてつもなく、疲れた。もうこのまますぐにでも眠りについてしまいそうである。

 「……写真撮られで雑誌さ載っかるだけで、あんなんなるとは思わねがっだ」

 「でもいいことだよ? やっぱりバンドはまず、知ってもらわなきゃ始まらないんだから」

 後部座席で大河は既に眠りについている。

 「今日初めて来てくれたお客さんたちも、メタルバンドのライブは初めてって言ってたしね。そういう新たなファン層を拡大できたことは凄いことだよ」

 「おめ、まだ写真さ撮られに行くんが?」大地が問う。

 「はあああ」肯定なのだが肯定したくない、そんな妙な声を発する。「でもよお、どんだけ俺のドラム聴いてくれてんで? ドラムのごど何も言ってくれでねえど。顔顔顔、顔のごどばっかし! 俺はドラムの練習は毎日してっけんど、顔かっごよぐなる練習はしたごどねえ! 一回もだ!」

 イダが笑った。「今は顔に釘付けかもしれないけれどさ、そのうちちゃんと音、聴いてくれるようになるって。ルアンがそういうふうにファンのことも育てていくんだよ」

 「ほっだらごとできねえよ!」ルアンは吠えた。

 朱里はルアンの頭を大丈夫だよ、とでもいうように撫でてやる。

 国道294号を走りながら、ルアンは悲しいような疲れたような表情でうっすらとライトアップされた豊田城を眺めていた。

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