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 ギターソロが終わり、そして曲は進んでいく。

 大地の胸中には歓喜が渦巻いていた。見渡す限りの荒野。どこまでも高い大空。それは「大地」たる名前を冠する己れにとって、自らの場所を明示しているように思われてならなかった。

 ここに立つために自分は生まれた。ここに立つために大河、朱里、ルアンと出会った。ここに立つために自分は生きて来た。

 そう確信する。

 それはかつて優勝を掻っ攫った時との憎悪や嫉妬とは全く異なる感情であったが、曲に新たな局面を拓いていった。

 大地は神羅万象の全てを吸い込みながら、朱里の生きざまを、思いを、信念を、音として地へと、空へと、浸透させていく。自分の喉は、肉体は、朱里の音を代弁し、やがて一体化していく。

 何も語れぬ朱里に代わって、大地は朱里の生への執着を、時に恐怖を、感謝を声として慈雨の如く観客の頭上に降らせていく。

 観客は一気に拳を突き上げ、大渦を産み出していく。後ろから次々に押し寄せる、それは波浪。そう。ここは海だった。

 大河が中央へと踏み出す。ーーベースソロ。

 朱里に次いで秩序をもたらし、支配を敷いていく。

 

 「これ、俺が弾くのがよ!」

 新曲、「Children of sea」が初披露された折、大河は驚いた。

 朱里は当然と言わんばかりにこっくり頷いてみせる。

 「かっけえべよ! ベースソロでねえが!」大地は手を叩いてはしゃいだ。「今までねがっだやづだな!」

 「……俺、こういうの苦手だべ。いづもみでえに、おめのソロにしろよ」

 大河はそう唇尖らせて朱里に言ったが、朱里ははっきりと首を横に振った。

 「この曲じゃあおめのソロが必要なんだ。わがってやれよ」

 大地に肩を叩かれ、大河はため息交じりにしぶしぶその日から練習を重ねる。

 ーーどうして朱里は自分のソロなんかを作ったんだべ。ベースがこんなに全面に出るなんて、恥つかしかっぺなあ。

 

 朱里にとってこの「Children of sea」は、ヴァッケンで披露するために作り上げたといっても過言ではない曲であった。

 朱里が昨年、海里のNeedled24/7のステージをヴァッケンまで観に行った時、最も圧巻されたのは波打つような観客の姿であった。どこまでも続く見渡す限りの荒野が七万人に覆いつくされる光景というのは人生で見たことがなかったし、想像だにできるものではなかった。

 そしてその観客が目の前で渦を作り波を作り波浪の如き大声を上げる様子は、大海そのもののように感じられた。その感動を曲にしたのがこの「Children of sea」であった。

 当初はいつものようにギターのユニゾンを作った。

 しかし、どうにもしっくりこない。あの大海の如き深さ、巨きさ、広さ。そこで思いついたのが大河のベースであった。いったん思いつけば、一気に曲は仕上がった。ベースのソロが、ぴたりとあてはまったのである。朱里の脳裏で、ヴァッケンの風景とベースソロが完璧に重なり合った。


 大河は客を見据えながら、完璧なリズム、完璧な粒揃いのベースを奏でていく。

 観客は狂喜する。

 先ほどからこの類稀なる才能を見抜いていたから。全てを支え、切る。誰一人とも漏らさぬ。そういう覚悟をしかと受け止めていたから。

 大河は生命の源泉たる海に相応しい、無限の深淵と豊饒を音として奏でていく。

 大地も、朱里も、ルアンも、自分が支え切っていく。包み込んでいく。

 観客は歓喜の波浪に揺れた。

 その隣で大地は、朱里は、ほくそ笑んだ。そして二人の完璧なユニゾンが始まる。


 朱里の母は涙をこらえることができなかった。

 小さい頃からずっと、誰と話をすることもできなかった朱里。男の体の内側から誰にも吐き出せぬ性別違和に悩んでいた朱里。手術を受けて、後遺症に、罪悪感に、一人苦しみ抜いた朱里。

 その朱里が今、世界のステージ立ち音楽を奏でている。それに何万もの人々が聴き入っている。信じがたい光景だった。

 でも、それは夢ではなかった。

 朱里はその青白い顔でしっかと観客を見据えながら、ギターを弾いていた。

 時折吹く風が朱里の長い黒髪を棚引かせる。

 幼稚園に迎えに行くといつも一人ぼっちで佇んでいた朱里。

 小学校から度々目を腫らしながら帰って来た朱里。

 中学校もプールや運動会には行きたくないと泣いていた朱里。

 でも海里や大地、大河、ルアンといる時だけは楽しそうだった。

 本当の自分で振舞えている、と感じられた。

 いつからだろう、バンドを始めてから朱里は急に生き生きとしてきた。

 自分の言葉を見つけたように。

 自分の居場所を見つけたように。

 あの子が作曲をしていると海里から聞いた時にはまさか、と思った。

 そんなことができるとは思っていなかった。

 でも夜遅くまで何やらパソコンに向かっていたりギターを弾いていたりする姿を見て、どうやらそんな真似を始めたのだと理解せざるを得なかった。

 ライブ、をやっているなどと聞いた時には、一層信じられない思いがした。嘘だと思った。

 あの子が人前に出て、音楽をやるなど考えられなかった。

 でもそれなりにあの子の音楽は受け入れられていったようだ。

 そして今ーー、

 この子は世界の舞台で自分の音楽を奏でている。そこに、無数の人々を引き込んでいる。奇跡だーー。

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