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 ヴァッケン・オープン・エアの会場は元牧草地である。春には無数の牛やら羊やらが、ここいらを覆いつくしているのである。だから雨が降れば泥まみれになるし、晴れれば埃が舞いに舞う。今年は紛れもなく後者であった。

 乗務員の青年――キーリーは、なんと通訳も兼ねた。会場に着くなりヴァッケンの主催者たちと流暢なドイツ語でやりとりをし、IN YOUR FACEにはすぐにホテルとリハの日程表、それから機材のチェック表等々の情報が与えられた。

 ルアンなんぞはますます惧れをなし、「おっ父、マジで何者なんだべ」と頭を抱える始末。

 「リアム様は世界の経済格差の解消のために尽力されている方です」と、何の慰めにもならない解答をキーリーはやたら晴れ晴れとした顔で与えた。

 「経済カクサってなんだべか……わげわがんね」ぼそぼそと呟く。

 「ともかく、私の今回の任務は皆様方、特に朱里様をご無事にステージにお届けすること。そしてその後リアム様がご提示さなさった条件は、よも忘れてはおりませんな?」

 キーリーの瞳が鋭くルアンを射抜く。

 「も、もちろんだべ」ルアンは弱気に答える。

 「まだ朱里様にはお話なさっていないようですが?」

 「終わったら、ちゃんと、ちゃんと、言うべ」

 キーリーは微笑み小さく頷く。

 「決して受け入れ難いお話ではありますまい」

 「……そ、そら、そうだ。でもな、ほら、……今はステージに専念してもらうのが最優先だべ。だからな、ちっと待っててくろよ」

 いそいそとルアンはキーリーの元から離れる。

 「さて、リハだべリハ」


 メインステージに大地、朱里、大河、ルアンと次々に上がる。

 ここに八万もの観客が本当に集まってくるのかと訝る程の見渡す限りの荒野。空は突き抜ける程の青空。この土と空の二色だけの光景がどこか非現実を思わせた。風が直接体に当たる。

 ドラムのセッティングを終えたルアンが、躊躇もなくスティックを叩き下ろす。震撼。音は天へと吸い込まれていく。ルアンは身震いがした。ライブハウスでやっていた時とは、明らかに違う。天が、地が、自分を包み込んでいる。自分はどこまでもどこまでも昇っていける。

 ーーこれが、メタルの聖地か。

 ルアンは大いにほくそ笑んだ。

 リハは滞りなく進んでいった。朱里も自分以外のパートではそっと用意された椅子に腰を下ろすことはあったものの、それでも自分の番ではいつものように丁寧に音を創り上げていった。

 一通り個々のサウンドチェックを終えると、それぞれの楽曲のさわりだけを次々に演奏していく。バンドの数自体もライブハウスのそれとは比較にならない程多いし、次のバンドが待機しているので、長々と居座ることはできないのである。

 リハを終えると、四人はキーリーに誘われハイヤーに乗り込み、今夜のホテルへと移動する。

 「ホテルに食事を用意させています」キーリーは助手席で後方を振り返り、そう抜かりなく言った。「朱里様には体調に配慮した特別メニューを」

 「……なんで、ほっだに色々やってくれんだっぺ」大河は背を丸めて上目遣いで尋ねる。恐縮、というにはもはや度を越えていた。

 「リアム様より命じられているからです」それ以外には皆無である、と言わんばかりにキーリーはきっぱりと明言する。

 「いや、……その、ルアンの父ちゃんは、おめ様に何を言ったんで? 朱里にはちゃあんと気ぃ遣えって?」

 キーリーは口の端に苦笑を浮かべる。

 「それをお伝えするには、リアム様の過去のお話からさせていただく必要があります。リアム様は若かりし頃、音楽を志しておいででした。幼少時より歌でもピアノでもなんでも音楽にまつわるものは巧みにこなされ、種々のコンテストで入賞されたご経歴もおありでした。しかし、お父様の強いご意向でそれを諦めになり、ビジネスの道へと入られたのでございます。ですから音楽への熱情は相当に、お強い。以前は地元カナダの地でロックフェスも主催されていたのですよ」

 「マジか!」大地が目を丸くする。

 「ええ。……ですから自分の唯一の血を引かれているルアン様が音楽に携わっておられることが、嬉しくてならなかったようです。そのバンドのコンポーザーたる朱里様の体調が思わしくないということをお聞きし、大変心配しておいででした。ですので、能う限り、朱里様の体にご無理が生じないようヴァッケンまでお送りするよう、お申し付けられたのです。無論そればかりではございません。何よりリアム様の胸を打たれたのはルアン様より聞かされた、バンドを通じての夢、でございます。久方ぶりに大きく胸を打たれたと感慨深げに申しておいででした」

 「夢? おめ、何言ったんで?」大地が不審げに問うた。

 「ななななんも、言ってねえ! おめ! あるごどねえごど言うんでね!」ルアンは顔を赤らめキーリーに叫ぶ。

 キーリーはくつくつ、と声を殺して笑った。

 ーー夢。

 その内容をほぼ正確に理解していたのは朱里である。

 ルアンはずっと世界に出たがっていた。日本は、茨城は、下妻は、彼にはいつも狭すぎた。

 朱里は横になったまま、自分がルアンに恩を返す方法はあのステージ以外にはないと改めて胸に刻んでいた。

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