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 乗務員の青年は、医療にも通じているようだった。ベッドに横たわっている朱里の脈を図り、温和な笑みを浮かべて「大丈夫ですよ」と声をかける。

 「ここでは簡単な医療のサポートも可能です。御安心してゆっくり体を休めてください」

 朱里は目を丸くした。

 ルアンはますます父親の存在に畏怖を覚える。

 まもなく、昼になると三人には肉や魚をメインとした豪華な食事が用意された。

 朱里には消化の良い粥と季節の果物。

 ーーたしかに朱里の体調が悪いと伝えたが……。どこまで世話を焼いてくれるつもりなのか。

 ルアンはごくり、と生唾を飲み込んだ。

 最初は遠慮がちだった四人であったが、それでも一口、二口、と食べるとその食事のおいしさに思わず箸が止まらなくなる。それを見て、乗務員の青年は頬を緩めた。

 「……おめの父ちゃん……、一体何者なんだべ……」大河がルアンにそっと尋ねた。

 「……正直俺にもよぐわがんね。が、とんでもねえ金持ちなことは確かだべ」ルアンがしぶしぶと言ったように白状する。

 「それはもう、これでわかってっぺよ。」大河が室内を見回す。「……そんで、おめ、これからどうすんで?」大河が恐る恐る言った。

 「どうするもこうするも!」ルアンは声を荒げる。「俺は変わらねえ! 今までもこれからもIN YOUR FACEのドラマーだべ! 朱里にど偉ぇ文句言われながらぶっ叩きに叩くドラマーだべ!」

 朱里は思わず新鮮なオレンジを口に含んだまま咳込む。

 「でも、おめ、金持ちになりたがっだんでねえのが?」大地がまっすぐな眼差しで尋ねる。「親父に引っ付けば金持ち確定だべ」

 「そうだ。金持ちになりてえ。だけど、人の金で金持ちになりてえとは思わね」

 「あの年上の金持ち女に引っかかったのは、いい勉強だったつうこどだな」大地が遠慮もなく言い放つ。

 「ほっだら話今はいいべ!」ルアンが慌てて大地の言葉を遮る。「とにかくだ」ごほん、と咳ばらいをして「俺は自分で稼ぐ世界的ドラマーになんだ。ヴァッケンはその第一歩に過ぎねえ。そのためにはな!」と言って朱里に改めて向き合う。「おめが元気になんなきゃ話になんねえんだよ! 俺に世界でいっちばん口うるせぐ文句言うのはおめだって決まってっかんな」

 朱里は恥ずかしさに頬を染める。

 「朱里、ほっだに食えて、おめにしては珍しいぐれえだべ」

 大地がそう言ってほほ笑んだ。朱里の粥はもうすでにほとんどなくなっていた。いつもは皆で食事に行っても半分も食べられないというのに。

 「旨ぇのが?」

 朱里は即座に頷く。

 後ろに立っていた青年が頭を下げる。

 「こっちも旨えど。死ぬほど旨え。この煮魚みでえなやづ、実家のばあちゃんにも食わしてえ」大地が言った。

 「ありがとうございます」

 「おめは何者なんだっぺ?」

 「私はリアム様の世界への旅をサポートするお役目を頂いているものです」

 それだけではないことは夙に知れている。おそらくは最低限、医療に関する専門知識と、料理の極めて高い能力と、それから対人関係の高度なスキルとを併せ持っていることは。

 「ともがぐ……」ルアンは深々と頭を下げた。「ヴァッケンまでひどづよろしくお願いします」

 「仰せの通り」青年も頭を下げた。

 「ハンブルクに到着しましたら、ヴァッケンまでハイヤーをご用意しております。あと朱里様にはリアム様よりプレゼントをお預かりいたしております」

 「はあ? なんで!」ルアンが頓狂な声を上げた。

 「おめ、おっ父に何言ったんだべ! 全部白状しろ!」

 大地に襟首をつかまれ、ルアンはうめき声をあげる。

 「何も言ってねえ! 否、言った! 言ったけど、ヴァッケンまで朱里さ無理しねえように連れてってやってくろっつただけだべ! しょ、しょ、正直俺らのことは何も言ってねえべ! 本当だ!」

 大地は手を離す。

 乗務員の青年はそのやり取りの間裏手に姿を消していたが、間もなく手にリボンの付いた大きな袋包みを持って戻ってきた。

 「こちらがリアム様からのプレゼントです。気に入っていただけると良いですが、と言伝を預かっております」

 朱里はルアンの顔を見、それから大地と大河の顔を見、それぞれが頷くのを見て、恐る恐る袋包みを受け取った。

 するり、とリボンを引くと袋から美しい漆黒のベルベッドのドレスが現れた。

 思わずため息をつく。

 「綺麗だべ……」思わず大地も見惚れる。

 「歴史的ステージを飾るにふさわしい衣装を、急遽作らせたのことです」

 朱里はドレスを高く掲げながら、その襟元についたタグを見て背筋を伸ばす。そこには誰しもが知る世界的ブランドの名が刺繍されていた。その値段を推し量って身震いがした。

 「いがっだでねえか」大地が朱里の背を叩いた。「おめにピッタリだべ」

 ルアンはその隣でただただ口を開けていた。

 ーーたしかに自分は、言った。朱里をステージに立たせさえすることができれば最高の音楽を紡げると。世界に名を遺すことができると。

 それを父親は信じたのだ。心の奥底から、信じたのだ。

 今更ながらルアンはその事実に震えあがった。

 しかしそれはーー、決して恐縮でも自責の念でもない。いよいよ世界に自分たちの最高の音楽を届けることができるのだ、という武者震いに等しいものであった。

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