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ルアンはジェット機の一番前の席に座ると、誰にも見られぬように顔を覆い蹲った。
ーーこれでどうにかなる。ようやく、ここまで来れた。
安堵の深いため息が出た。
このためにどれだけの勇気を必要としたろう。
脳裏には父親との対面した日のことが、まざまざと浮かび上がっていた。
父、とは名ばかりの、つい先日父だと知ったばかりの、世界的企業のCEO。自分の幼少時代の苦労を何一つ知らず、世界のビジネスを手中に収めてきた男。
その人を目の前にして奇跡的にも邂逅することができた以上、一秒たりとも躊躇している暇はなかった。
ルアンは語りに語った。こんなにも自分が能弁であるとは思わなかったが、リアムが随所随所で頷きながらただの一言も挟まずに聞いてくれるので、ますます言葉は熱を込めて紡がれていった。
メタルバトル・ジャパンというヴァッケン・オープン・エアの日本選考会で、奇跡的にも優勝できたこと。そして、バンドとして、長年の夢であったヴァッケン・オープン・エアに出場が決まったこと。そのために現在、毎日のようにリハに取り組んでいること。
しかしバンドのコンポーザーたる朱里が性転換手術直後の後遺症で、体に大きな不調を抱えている。ギターを手にしさえすれば、ーー朱里は徹頭徹尾音楽馬鹿なのであるーー神がかったように弾くことはできる。でも、日本からドイツへの丸一日もかかってしまう移動には、とてもではないが耐えられそうにない。
朱里はもともと繊細で華麗なギターを得意としていた。しかし今朱里の音は、おそらくは死に直面した体験とその後の孤独な戦いによって、唯一無二のそれとなっている。どこか神の啓示めいた、絶対的な説得力を有するに至っている。もうそれはメタルだのなんだのというジャンルを超えて、生への希望、自己のエゴも弱さも全てを昇華させている。彼女の音があれば、自分たちは間違いなく世界一のステージングを届けられる。八万人の耳目を心行くまで満足させることができる。メタルの歴史に、名を遺すことができる。
だからーー、
朱里だけでいい。ヴァッケンの会場まで直接、体に負担のないように送り届けてほしい。
「わかった」
リアムは何でもないように無表情で言った。
「朱里、という子をステージに立てせることができれば、君らは最高の音楽を紡げるんだな?」
「そうだ」
「メタルバンドとして、世界に名を遺すことができるんだな?」
「そうだ」
ルアンの声には、瞳には、微量の疑念も躊躇もなかった。
リアムは薄く微笑んだ。
「私のプライベートジェットを貸す。好きに使え。空港までの迎えも寄越す」
ルアンは信じられないといったように目を見開いた。
「私は以前、初めて君に出会った時に言ったはずだ。『助けられることがあれば助ける』と。その時が今、来たということなのだろう?」
ルアンは激しく二度も三度も頷いた。
「ただし一つだけ、条件がある」
「条件?」
「ヴァッケン・オープン・エアとやらが終わったら……」
その申し出に、ルアンは暫く動けなかった。しかし、はっと我に返ると返事をするより早くリアムの目の前まで歩み寄り、手を握った。体を抱きしめた。目には涙がにじんでいた。




