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「ああ、ほっだら(注:そんな)話もあるみてえだなあ。」
早速メタル・バトル・ジャパンについて電話で海里に尋ねると、そう海里はたいして興味もなさそうに答えた。
「なんでえ? あんちゃん知んねのが?」大地が期待外れとでもいうように言った。
「一回ヴァッケン出たやづは、それさ出れねえみでえだかんな。」
「あんちゃんが出るんでねえよ! 俺らが出んの!」ルアンがいらいらしながら言った。
「別に焦って今年できたばっかの大会さ出ることねえべ。まだ大河は高校生なんだかんよお。」
「あんちゃんはなんもわがっでねえ! ほっだらごど言ってっと、あっど言う間にジジイになっちまわあ!」ルアンは頭を搔きむしる。
「おめが早くでけえステージでやりてえのはわかっけどよお、こういうのは焦ってもしゃあんめ? これから機会は何度でもあんだかんよ。まずはしっかり力付けんのもだいじだど?」
「でも、出てえんだよお!」もはや我儘である。「俺もあんちゃんみでえに八万人の前でやりてえんだよおおお! 下妻の花火よが人いっぺえいるどごで、やってみでえんだよおお!」ルアンはそう言ってぶっ倒れる。
「わがっだわがっだ。……そんなに出でえんじゃあ俺も無理に止めはしねえけど、よぐよぐおめらで話し合え。そんで実際募集が出で、その時にみんなで出てえってなってたら出ればいいじゃねえが。実際まだ募集は出てねえんだからよ。」
「うん。そうする。」ルアンが涙目でおとなしく頷く。
朱里は呆れたように横目でルアンを眺めた。
なぜルアンがヴァッケンに固執したのか三人にはよくわからなかったが、元々外国の産まれということもあり外国でのライブに強い興味を抱いていたのは確かである。それに加えて先だって朱里から見せられたヴァッケンの映像やら画像やらが、ルアンの興味関心を大きく引いたのも事実。
しかし大地はともかく、正直なところ朱里も大河も今年のバトル出場は現実的ではないと思いなしていた。何せまだ大河は高校生である。受験もある。が、ルアンがあまりにも騒ぐので二人はおとなしく黙っていた。
「じゃあ、俺んどご先になんか情報入ったら真っ先にお前らに教えっから。それまではしみじみ(注:きちんと)練習すんだど?」
海里に言われ、ルアンは満足げに頷いた。
週末にバンドの練習やら話し合いやらを行っても、その翌日には早速朱里は東京に発たなければならない。
大抵は月曜の朝早くに母親に駅まで車に乗せてもらって、その足で大学へと行っていた。それで帰りは海里のマンションで、そこでは大学の課題と作曲に打ち込む。睡眠時間が減り食事も摂ったり摂らなかったりで、たしかに大地に指摘されるように体重は減った。それが多少なりとも精神的不調を呼び起こす火種となっていたのかもしれない。
インタビューで大地が答えていたように、朱里は客やライブハウスの店員とは話ができない。挨拶をされ、写真を請われることはあるが何も反応することができない。それが無愛想だと感じさせ、落胆させることがわかっていてもどうすることもできない。メンバー相手であればスマホを取り出して、メッセージを見せたりメモに書いたりすることもできるが、それ以外の人間となるとからきしダメである。それで朱里はライブが終わると大抵帰りまで楽屋に籠るか、なんとか大地の陰に隠れるように物販の席に立っているかのどちらかであった。
物販では大地とルアンが商売人さながら愛想の良い対応をしてくれるので、朱里は安心していられる。
彼らと客とのやりとりを聞くのも面白かった。
「今日も最高に楽しかった」と汗塗れになりながら笑顔で来てくれる女性たちは、毎回ライブのたびに足を運んでくれる顔馴染みのファンたちである。
「大地君、ますますフロントマンとしての存在感が増してきたような気がする。でもそろそろ東京に軸移しちゃうんでしょう? なんか寂しいな」
「まだまだだべよ、大河が高校出るまでは茨城で頑張るつもりだがんな! ひどづこれからもよろしく頼むべよ」
「とか言って、東京行って美女たちにちやほやされたら茨城のこと忘れちゃいそう!」
「ほんとそれ!」
「MCでだっぺとか言わなくなりそう!」
「だっぺでなくで、何で言うんで? ……あ、『です』っちえば言いのか」大地は笑顔で答える。
女性ファンは腹を抱えて笑った。
「東京行ったら、大地君めちゃくちゃ人気出そうだなー」
「なんで? 俺は?」と悔しげにルアン。
「ルアン君はもう女の子にモテモテじゃん」
「東京行かなくたって世界中どこでもモテるでしょ!」
満更でもないように、「まあこっだにイケメンだで、しゃあねぇよなあ!」と含み笑いを漏らす。
朱里は「こいつモテるのか」とでも言いたそうな疑念の目でルアンを横目に見た。
「でもさ、この前youtubeに上げてたライブ映像、結構話題になってたよね! 私のバンギャ友達も、茨城行ってこの子たち見たいって言ってたよ。」
「いつでも遠慮なく来てくろよ。」大地が笑顔で答える。
「そう言ってくれると思ってさ、実はもう言っておいた! 大地君もルアン君も、めちゃくちゃ気さくだし今ならライブ終わってからこうやってさー、色々話してくれるよーって。東京出ちゃったら無理かもって。そしたらソッコー行くって!」
朱里はそこに自分の名前はやはり入らないのか、と少々寂しさを覚える。
本当は自分も一緒に笑顔で喋りたい。この輪の中に入りたい。大地の視界に入りたい。
「絶対東京出たら人気出るよ! 頑張ってね!」
大地はその後写真を請われ、しばらく客席中をあっちに行ったりこっちに行ったりしながら、ファンとの交流を楽しんでいた。そしてその様を羨まし気に朱里は見つめているのであった。
ありがたいと思ってはいる。ファンを大切にすることで次のライブでも客数を増やすことができるわけだし、ひいては自分たちの活動を継続させていくにあたってはある意味、ライブそのものと同等、否、もしかするとそれ以上に大切なことかもしれない。それを大地とルアンが積極的に買ってくれていることは、感謝しても仕切れない。だって自分には逆立ちしたってできない芸当であるのだから。
でも、正直寂しい。
ステージを降りたらもう大地は自分を見てはくれない。どんなに良い曲を作っても、この時ばかりは自分は必要とされていない。きっともしいなくなっても、誰も気づかない。
でも子供じゃあないのだから、そんな個人的な感情でメンバーやファンを落胆させてはいけない。そんなことは絶対に許されない。
タバコでも吸えたらいいのかもしれない、そうしたらライブハウスの外の暗がりで、大地の楽し気な姿を目にせずに済むのだから。朱里はそんなことも考えた。




