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 悠里と志緒里が帰宅した後、しばらく朱里はテーブルに置かれた戸籍抄本を見つめていた。

 ーー長女

 その語が信じられなかった。

 自分は、女として社会に認めてもらえる存在になった。

 恐怖におびえた手術も、その後の辛い日々も、決して無駄ではなかった。思わず目頭が熱くなる。

 「さすがあんぢゃんらだべな。頭いい人だがら、こういうお役所仕事得意なんだっぺ」海里がはしゃぐ。

 「いがっだな。もうおめは、体も戸籍も女になれだんだな。そうだ! 今日はおめでとうパーティーでもすっか。おめの好きなものたんと買ってきてやるべ!」そう言って朱里の頭を撫でてやる。

 「まあ、とりあえず母ちゃんがおめのごど、下妻強制送還させるって用件でなぐっでよかったべ。逆に、こんなめでてえ話なら悠里あんぢゃんも最初っからこういう用件で来ますって言えばいいのになあ。まったくもったいぶりやがって」

 朱里を連れ去られるでも、自分が説教されるのでもなかったことに安堵して、海里は少々多弁になっていた。

 「下妻に無理に連れ帰ってもだいだって母ちゃんわかったんがな? そういやおめ、置き手紙って何書いてきたんで? ただ東京さ行きますってだけ書いたのが? 俺んとこに連絡が来るってごどは、行先は書いたと思うべが……」

 朱里は大地が車の手配ができた、と言ってくれたその日のうちに手紙を一気に書き上げたのだった。


(一枚目)

 ママへ

 今まで看病してくれて本当にありがとう。おばあちゃんにもお礼を伝えておいてください。

 なんの相談もなく勝手に性別適合手術を受けたこと、ごめんなさい。

 でももし反対されたらと思うと言えなかった。

 本当は怖かったから。死んでしまうかもしれなかったから。

 だから大好きなママに反対されたら絶対に手術受けられないと思った。

 ママのことが大好きだからこそ言えなかったんです。

 私は再来月にヴァッケン・オープン・エアという、ドイツで行われる音楽のフェスティバルに出ます。

 これに出ることは私の夢でもあり、大地と大河とルアンの夢でもありました。

 このためにずっと中学の頃からバンド練習やライブ、作曲をやってきました。

(二枚目)

 正直まだ体は本調子でじゃないけど、出ないという選択肢はありません。

 命をかけても出ます。

 手術と同じです。

 だからまたなんの相談もなく東京に行きますが、ごめんなさい。

 でも大好きなママに反対されたら、ママを憎んでしまうかもしれない。ママには私たちの夢を誰よりも応援してほしい。

 私は大丈夫です。

 だって大地も大河もルアンもいるから。みんなみんな小さい頃から一緒に育ってきた、家族と同じぐらい大好きで大切な人たちです。いつも私を支えてくれる。しゃべれない、性別違和を抱えている私を、特別扱いせずずっとずっと変わらずに一緒にいてくれたのを、ママも見てるよね?

 だからお願いです。

 夢を叶えるために東京に行く私を許してください。

 ママ大好き。

 朱里より


 部屋のテーブルに置かれた手紙を発見した母は、その一枚目を読んですぐさま海里に電話をしたのであった。電話が切られた後、続きがあることに気づく。

 母はそれを読み、愕然とし、少し涙ぐみ、そして諦めた。朱里が命をかけて夢を叶えようとしている。もうそれは母とて止められないのだ、ということが痛感されて。

 もう、幼稚園の園庭で誰とも喋れずにぽつんと一人佇んでいた朱里ではない。

 全国の病院を巡りながら、どの医師の前でも苦しそうに俯いていた朱里ではない。

 制服採寸の日に学校を休んで、一歩も部屋から出てこようとはしなかった朱里ではない。

 音楽の力で仲間たちと一緒に世界へ出ようとしているのだ。

 ならばなんとかすべてが無事に終えられるように。それだけを祈った。

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