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 やっぱり、ダメじゃねえか。

 最初の1フレーズでルアンは眉根を寄せる。

 明らかに指動が鈍い。リズムについてこれていない。朱里の最大の売りである煌びやかかつテクニカルなプレイが、まるでできていない。

 一か月ろくに弾いていなかったからやむを得ないといえども、これでは元に戻すだけでも時間がかかってしまうのではないか。しかしヴァッケンまでに戻せるのか?

 ルアンは腹立たしさをそのままドラムにぶつけた。

 大地は心配そうにちら、と朱里を見やる。

 朱里はパイプ椅子に座ったまま俯いて、それでも懸命に弾いていた。

 どんなに一生懸命に弾いたとしてもーー、ルアンは不満げに口を尖らせた。

 大地ががなり立て、再度イントロのリフが繰り返され、そして朱里のギターソロに入る。

 その時、大河が少し驚いたような顔つきで朱里を振り返った。 

 そのソロは、ーーなんというか、今までのそれとは明らかに違っていた。フレーズは同じである。しかしどこか鬼気迫る、説得力のある音であった。魂魄、が宿っていた。

 ルアンは自ずと前のめりになって朱里の音に集中し始める。

 なんだろう、これはーー。

 朱里の音が、違う。技術が向上したのではない。むしろ逆だ。なのに、妙に凄みがあった。研ぎ澄まされていた。

 朱里が覚悟を持って弾いている。それが確固たるものとして伝わってくる。

 ルアンは息を呑む。

 大地と大河も同じだった。二人とも驚いた顔で朱里のプレイを見つめている。朱里は依然俯いたまま、他三人の様子には気づくべくもなく必死に指を動かしていた。

 時折頭を緩く動かしながら、朱里は没頭して自分の世界を奏でていた。自分が生きてきた証を一音一音に刻むが如く。

 ーー本当の自分になれるのなら死をも厭わない、そういう覚悟で手術に挑んだこと。

 ーー自分の居場所を自分の最も大切な人に奪われ、悔しさとふがいなさで胸が苦しくなったこと。

 ーーまともに起き上がることもできず、天井を見上げてただただ痛みに耐えるしかなかった日々のこと。

 ーー夜な夜な襲い来る夢魔。大好きな人たちを自分の感情で裏切ってしまったこと。

 ーー自分の今までの努力が全て水泡に帰してしまう、そういう事態に直面したこと。

 それらの全てを音に込めた。全ては人生に必要な経験であったと昇華させるためには、音楽しかなかった。大地と大河とルアンがいる、この場にしかなかった。それでももし不適格の烙印を押されたならば、ーーもう自分はこの世にいるまい。いる必要は、ない。


 そうして曲が終わった。

 ルアンは何も言わなかった。大地も、大河も同じであった。

 ただただ圧倒されていた。どこか不思議そうな怯えるような眼差しで、三人は朱里を呆然と眺めていた。朱里の傍らに立っていた海里が、瞼を半ば伏せて「ほれ、次の曲やんべ」と言わなければ、三人はいつまでもそのままでいただろう。

 ルアンは慌てて、「ほだな、じゃ、次いくべ次」と言ってスティックを頭上に掲げカウントを取った。


 はたして次の曲でも、同じであった。

 朱里が覚醒していた。朱里は、別次元の音を生み出していた。

 ルアンは背後から厳しい眼差しで朱里を見つめていた。

 ーー何が起きても、朱里をヴァッケンに連れていかなければならない。

 それは決意であり、自分との絶対に違えることのできない、約束でもあった。

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